2014年11月18日

全体性の回復



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 治療所には、病を治したいと願って皆様、訪れます。

 ですが、ほとんどの方が病の症状しか視野にありません。

 無理もないのですが、病を治癒に導くには、全体性の回復という視点が最も大切です。

 回復には、調和するという考え方が必要です。


 『調和』に関しましては、「一の会 養生講座」で、すでに特記しておますので、興味を持たれた方はご一読ください。 → 「一の会 養生講座」



 全体性の範囲は、一個人の心と身体、一個人と家族・友人、職場の人間関係・・・どこまで広げるのかはさておき、この全体性を回復するとはどういうことか。

 10月27日の過去ブログ「自分の軸」で、以下のように記しました。

 『自分は、自分以外のもので出来ている。』

 『自分の心身に現れる状態は、自分を取り巻く周囲のすべてが現れます。』


 もう、お分かりだと思います。

 自分の心や身体に起きていることは、自分を含むそれ以外の関係性の中に在るのです。

 したがって、病の問題解決もまた、関係性の中にあるのです。



 たとえ、一個人の身体に起きた局所的な打撲・捻挫であっても、その影響は体全体に及びます。

 例えば、足首を捻挫すると、全身の気血は足首という局所に集まり、停滞して腫れ熱を持ってきます。

 治療者は、全身をくまなく診て、もっとも気血が不足しているところを探し出して、不足しているところに鍼をし、そこに気血を集めることで、腫れて渋滞している足首の気血を流します。

 鍼は、腫れている局所の足首には刺しません。


 これは打撲・損傷の例ですが、あらゆる病に対して東洋医学では、食習慣、生活習慣、心の習慣との関係性の中で人間を捉えていきます。

 それは全体の気の偏りを正し、全体性の回復と調和を求める東洋医学の、基本的な思想・哲学であり方法論であるからです。



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posted by いおり at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 東洋医学

2013年10月15日

毒だから効く(2)

 漢方エキス製剤が、保険適用になってから漢方薬は随分と一般化した。

 保険適応になって、安価に服用ができるようになった半面、その弊害も無視できないものがある。

 一つには、西洋医学的感覚で漢方処方を出すことによるものだ。

 風邪の予防のためにと、葛根湯を処方。花粉症治療のためにと言っては、小青竜湯を処方。


 どちらの処方も、発汗を促し気を発散させる。漫然と服用すると、徐々に気を消耗する。


 結果、冷えっぽい体になり、病気にかかりやすくなる。 患者も医師も気がつかない。

 誠に嘆くべき状況だ。 これはほんの一例・・・数え上げればキリがない。

 もう一つは、腕のある実費治療の漢方薬局が激減したこと。

効果がないと、高価なお薬を服用しませんでしょう?

 

 実費で高価であるからこそ、患者も医療者もより互いに真剣に対峙するという面がある。

 安易な関わりが、無くなると言うことだ。


 東洋医学をしっかりと学ばれている医師もいらっしゃるが、まだまだ少数。

 かつて小柴胡湯を投与したことで間質性肺炎で8名の死亡者が出たが、新聞では漢方の副作用との報道がなされた。

東洋医学には、西洋医学のような副作用は無い。

 

 あるのは誤治のみ。

 莫大な費用を投じて、原因を様々な角度から研究しているが、実に馬鹿げたことだ。

 問題の本質的な原因は、医療原理の違う漢方を、西洋医学的に用いたことによって生じた事故であるということだ。

実に、簡単なことだ。 解決には、一銭も費用はかからない。

 東洋医学的に、身体が表現しているものを、的確に捉え処方すれば、副作用は一切ない。

 もう一度言う。 あるのは誤治のみ。


 その点は、鍼も漢方も同じ。

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posted by いおり at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 東洋医学

2013年10月14日

継承とは

 僕は自分で、伝統医術の継承者を名のっている。

 誠におこがましい限りだが、自負するところがある。

  継承される中身は、文字や言葉で伝えられる技術だけではない。

 もちろん、それも大切だが師匠と場を共有することで得られる、肌で体得する言外の知である。

 その1本の鍼が、初心者の目には奇跡に映る。

 見たことの無いものは、できないのだ。

 人は、知っていること、見たことのあることでしか認識できないからだ。

師匠が下す1本の鍼。そこに込められている世界は宇宙だ。



 生命の本質は、分析や理論では決して捉えることはできない。

 

 生命の本質は、直観的に感じ捉えるものだ。

 『一』を捉える事ができればいいのだ。

そこから様々な、森羅万象が起こる。

 これを不思議と言わずして、なんと言うのか。

 これを神といい、生命という。

 
 伝統医学を標榜しておきながら、自分がどこで、誰に就いて、どのような勉強をしてきたかを明らかにしない者がいる。


  師匠を明らかにできずして、一体何を継承したのか。


 伝統は、この継承によって可能となる。

 

 系譜がどれだけ大切なものか。それは古代より累々と継承してきた先人と、つながっている自分全てを愛することだ。

 

そしてさらに、自ら継承者として名のり、師匠連の名を明かすことは、道を誤らないための戒めでもあるのだ。

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2013年10月10日

鍼はなぜ効くか(2)

 鍼は、体表に刺激することで得られる反応を利用したもの。

 西洋・東洋医学も、自律神経か経絡・経穴の違いだけで、大体こんな説明。

 ばか言っちゃいかん、鍼術というものを、まったく分かってない。

 しっかりとした術を持っている者なら分かるはず。


 鍼をかざしただけで、いや、発した言葉や、投げかけたまなざしで、もうすでに脈や腹部・顔色に様々な変化があることが。


 刺激していないのに、なぜ変化が起きるのか。

 鍼を刺激と言う者には、わからんだろう。



 患者自身が意識していない、もう一つの存在があるからだ。

 時に、患者が表現することよりも、もう一つの存在が真実を語ることが少なくない。

 鍼術を行うものは、もうひとつの存在と対話しながら術を施すのだ。

 鍼は、刺激などという、底の浅いものではない。

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2013年10月08日

鍼術とはー内なる自然

 意識しなくても動いている心臓や胃腸たち。

 自律神経の働きという認識をすると、そこから神秘性や驚きの感覚が失せる。

 これを内なる自然の働き。内なる神々の働きと捉えた人々がいた。

 太古のシャーマンだ。

 鍼医は、このシャーマンを源流とする。

 患者が知らず知らずに犯してきた過去の過ちを、自らの身に引き受け、自分の事として大自然と対峙して癒す。

 時代が下がると、患者の内なる自然=神と、意識のかけ橋となった。

 医は、患者の過去の過ちをチャラにする。

 そう、清算し、無かったことにするのがその役目であった。

 だからこそ、医は、人々から最も尊敬に値する存在であった。

 鍼術は、その範疇に医学を含むが、呪術師でもある。

 こんにち、鍼を行う者でさえ、そのことが忘れ去られている。

 誠に、恐ろしいことだ。

 鍼を施す側の人間の欲は、それが隙となって様々なものを受け、自分だけでなく家族、末代にまで影響が及ぶ。

 術者は、斎戒沐浴が、必要のないくらいの透明さが必要なのだ。

 現代に生きる自分にとっても、切実な問題である。

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posted by いおり at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 東洋医学
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