2015年10月02日

ブログ移転のお知らせ

 この度、ブログを移転することに致しました。

 理由は、さまざまあるのですが、「一の会」発足に伴って複数のブログを手掛けるようになり、ブログ仕様を一律にすることで管理がしやすいということが、最大の移転理由です。

 今後も、以下のアドレスで気ままに書いて参りますので、どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。


 『いおり日記』  →  http://kanazawa.ichinokai.info/

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posted by いおり at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景

2014年05月19日

人間は、万物の霊長なんですから

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 充実した5月の連休を終え、もう五月後半。


 このところ何かと気ぜわしく、久々に体調を崩してしまった。


 自業自得なので、おとなしく身体の状態に寄り添って休むのが一番である。



 鍼灸術というのは、『気』を扱うので、時にどうしても泥を浴びてしまうことがある。



 それにしても、不徳の至りです。


 まだまだ、自我が巨大だということ。ここに邪気は、とりつくのです。



 どうにも動き難かったのですが、娘と一緒にボチボチとガーデニングをすることに。


 土を入れて、下の方に元肥を施し、植えた。


 今年は控えめに、ゴーヤ・きゅうり・中玉トマト・水ナス・ピーマン・シシトウを各1苗ずつ。


 植え終わったころには、かなり身体がすっきりとしていた。


 やはり自然は好い!


 植物は、何があっても文句ひとつ言うことなく、与えられた環境で精一杯枝を伸ばし、花を咲かせ実をつける・・・


 人間は、万物の霊長と言われるが、このような営みが人間自らにも、備わっていることを忘れてはいけない。


 植物を植え、育てることは、たとえほんの僅かであっても、自然と同調するということ。



 仕事柄、人に同調して気を読むが、植物や海・山・川や野原で遊ぶのが、僕にとっては何よりの禊になる。


 日常、殺伐とした風景に触れざるをえない方々は、目的を持たずに自然に触れることを勧めます。




 自然のご利益を得るために・・・なんて期待してはダメですよ。


 大きな木に抱き付いて、『パワーを分けてもらう!』 なんて人いますけど、



 それを、我利我利亡者、あさましいと言う。



 自分が見ず知らずの人に、いきなり抱き着かれてそうされたら、どんな気持ちになるでしょう。



 ポイントは、『無目的に、ただ遊ぶ』 ということです。



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2014年05月16日

未来願望

 ブログリンクしています はりきゅう国家試験合格予備校 Online  15日の丹羽君の冒頭の『来年の今頃は何をしている予定ですか?』 という投げかけに反応してしまった。

 『来年の今頃、どうなっていたいか?』と言い換えて、自分に投げかけてみた。

 返答は、「時間の自由を手にしている」です。

 これって僕にとっては、最高の贅沢

 時間の自由を手に入れるには、経済的に自由になるのも大切です。

 でも僕にとってもっと大切なことは、ひとり立ちして臨床を行える鍼灸師が育ってくれること。

 すでに稲垣副院長が、立派に代診を務めてくれてくれてるので、みんな副院長に続いて育ってもらいます。

 そして時間の自由が手に入ったら、なにをするか。

 海・山・川で遊びたい。これ、外せません。

 理想は、半農半漁。

 そして読書と書き物。

 これが適えば、今のところ大満足。

 来年は無理だとしても、10年後には実現しているでしょう。

 スタッフの皆様、勉強におみえの先生方、どうぞよろしくお願い致します<m(__)m>


 写真は、昨年家族で訪れた慶良間諸島、阿嘉島。

 阿嘉島あかさ の比嘉さんのダイビング船で。

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タグ:希望 願望
posted by いおり at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景

2012年12月10日

家族に信頼される鍼

 土曜日から帰省していたのですが、母親が炊事をしながら話すのは、孫の事と過去の思い出。


 いろんなことがあったのに不思議と、みんないい思い出になってるんです。


 1210日は、たまたま父親の命日で母親に言われるまで忘れてました。


白い雪がゆっくりと降りてくる夜を、母親とあれこれ話していると、一人で布団に入ってから色んな事が思い出されてきました。



父親が亡くなってから、もう21年にもなるのかというしみじみとした感触と、豊かとはいえないけれど今の平穏な生活に有り難いなと。




 平成元年に開業したのですけれど当初から、なぜか難しい病気を患った人たちが来てくれて、その当時の患者さんには今でも申し訳ない気持ちいっぱいなのですが、それ以上に自分の腕の未熟さをイヤというほど思い知らされたつらい時期でした。



 ちょうど開業三年目、臨床でも追い詰められた気持ちになっていたときに、父親に肺癌が見つかったのです。



 検査の結果は、小細胞癌で余命半年。 母親と全く同じです。



  当時僕の腕では、手も足も出ないといった状態で、つらくてつらくて、もうこの仕事をやめようと思ったのもこの時期です。



 父親の意向は、


 1.この状態で痛いこと、辛いことは嫌だということ。


 2.家で死にたいということでした。



 奈良の師匠となる人の所へ週2日通院。



 確かに半年の命でしたが、鎮痛剤も酸素補給も行わず、最後まで自分でトイレに行って、ご飯を食べて・・・その直後、「ちょっと息苦しいので横になる」と言ったのが最後でした。



 鍼で、ここまで出来るんだというのが、僕の大きな励みになって今もこうして鍼を握っています。



 自分の中がはっきりしました。個人的な僕の信条。

 『何があってもまず家族に信頼される鍼』これです。



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posted by いおり at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景

2012年08月31日

職人

 前々回、職人と専門家についてちょっと触れました。

 実はちょっと前に講義している学校の講師会議でのこと。


 ご高齢に思える先生が、私は職人のようなものでして・・・ってお話しされてる事がきっかけで職人と専門家の違いが妙に頭に残ってしまいました。

 その先生、ぼくとつとした感じであまり多くを語らないんですよね。でも、伝わってくるものが厳しい時代を鍼治療一本で生きてきたって感じが、ジンワリ味わい深く感じれるお人柄だったんです。

 世に論文や専門雑誌に投稿もされていない。でもこれまで鍼一本でやってきたっていう重みを感じたんです。


 で、職人って一体何なんだろって思うようになったわけです。


 職人の仕事って、誰がやったのかが分かるので、やはり個性が反映されるのでしょう。そこに職人としての技とこだわりが万人に認められる。これは職人芸の上をいく名人なのでしょうが、名人は職人の範疇に加えてもいいと思います。


 職人は、認められたいとか受け入れられたいとかというよりも、自分の仕事にプライドと自分の感性を生かしきった人たちではないかと。

 もの作りなら、材料選びから完成まで全部自分の手で行って使う人にその完成品を問うていく。


 あこがれますね、そういった感性に。かっこいいなと、僕は思ってしまいます。 


 実父の同級生。腕の良い大工さんなのですが、早くに引退してます。

 熟練したカンナがけやくぎ打ち、材木の割り振りなどが必要なくなって、工場で作られたものを組み立てるだけ。素人にでもできる家作りにあほらしくって、とてもじゃないがお金のためだけに自分を売る事が出来なくなったと言ってたのを思い出します。

 本人はそれで良いけど、奥さんは大変ですよね。

 それでもいまだに、ご夫婦仲良いですよ。


 ちょっと横道にそれてしまいましたが、今はそう言った職人がドンドン姿を消してるといいます。

 反面、専門家はその数が増えて行ってるそうです。

 こだわりの人は、時に窮屈に感じてしまいますが、僕の感性に合ってるなぁ〜。
posted by いおり at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景

2012年08月22日

和を貴ぶ

  残暑、相変わらず厳しいですね。

 でもコーラスだったセミの声も、ソロで聞こえてくるようになったのでいよいよ夏も終わりかなと思います。

 夜になると鈴虫の声。秋の訪れを感じます。

 でもまだ暑いですよねっ!


 今年の夏は、計画停電を実施するかも知れないと関西電力から通知をもらっていたのですが、無かったですよね、計画停電。

 民間が、かなり節電に貢献したそうで、政治家以上に民間の危機意識の高さを物語っているように思えました。

 それに比べて政府内は、なにやらよくわからないくらい混乱しているように感じます。

 真に「国民のため」と言うなら、国会内から争いを無くして下々に範を垂れてもらいたいものです。


 一個人としても、頭の中が混乱したり、葛藤したり、自分の中でいつも戦いが起こっていると、身体もおかしくなるというものです。

 それでも身体は、良くなろうと懸命。

 民間は、国のエネルギー政策の失敗のつけを、文句を言いながらもしっかりと協力して節電に取り組んでいる。

 素晴らしいじゃありませんか。

 市民団体が原発反対とか何とか言っても、太極を観ることができるのが政府なのですから、厳然として欲しいです。

 基本的に僕は脱原発派ですが、今すぐにとは希望していません。

 極端から極端では、民間は疲弊してしまいます。

 一個人として考えてみても、電気が一時的にでも止まると、冷蔵庫の中のものはどうなるんですか。



 聖徳太子は「和をもって貴しとする」と。

 政党や議員の私利私欲、我利我利。そして論争?!

 論争を良しとしますか?

 論争だって言葉や信条の違いによる立派な戦争です。

 議会は色んな意見や構想を持ち寄って、今よりもっと良い社会を実現する場であるのでしょう。だからこそ、論争のない平和的な話し合いの場であって欲しいと願います。

 「和をもって貴しとする」

 最も大切な日本の伝統文化を支えてきた精神だと思えるのですが。
タグ: 平和
posted by いおり at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景

2012年01月27日

何が本当なのでしょう

 大寒を迎えて、列島は寒気に覆われてますね。

 国の中心である政治も、寒い話ばかり。消費税が論議されてるようですが、本当に必要なのかどうか。

 民主党の軸、グラグラ・グスグスになってるようで、どこに向かおうとしているのかもう分からなくなってきました。

 確かなのは税負担の増加だけで、未来の展望がなにも伝わってこない。


 財政赤字、貿易赤字、デフレ不況、なのに円高。どうしてなんでしょう?

 弁証論治をやってる立場からすると、このような矛盾は放置できません。

 で、起きてる現象に分析の手を加え、処方までつらつらと考えてしまいました。


 震災後、円安になると思いきや、さらなる円高。各国はどうして円を持ちたがるのか不思議。そう思いませんでしょうか。


 自分なりにちょこっと調べてみると、政府が発行している国債を保有しているのは日本国内の民間。おまけに円は自由に日銀が発行できます。

 それに比べてギリシャ国債は、外国が買っているとのこと。さらにユーロなので自国で自由に発行することができません。


 貿易赤字には、なるべくしてなったという感じでしょうか。

 かねてからの円高で、企業は生産の拠点をとっくに海外に移転してるので、日本国内の輸出額は減少して当然。

 つい先日もダイキン工業が中国に家庭向けエアコンの工場建設を発表してたし、ホンダもロシアに工場を作るとか。

 ネットのニュースの見出しだけで、新聞もテレビも見てないけれど、企業の内部留保は相当額に上るとの事。国内に投資しても、もう飽和状態なんでしょうね。

 株式市場も、企業が市場から資金調達の必要性がないから、株価も上がらないのでは?と素人の僕は思ってしまう。

 これからは輸出増加による好景気なんて、期待できないかもしれませんね。

 それでも円高。財政は赤字でも日本には信用に足りる資産があるからこそ、みんな円を持ちたがるのではと思えるのですよね。

 では、その資産はどこにあるのでしょう。分かってる人にはわかってるんでしょうけれど、僕には分からないですね。

 その資産、デフレ局面だと使わずに持ってるだけで増えます。たとえ金利は安くってもそれ以上に貨幣の値打ちが上がるのですから。

 そうなんです、国債持ってる人は、今の局面だと金利以上に額面の価値は上がるんですよ。

 この際、日銀がお金いっぱい刷ってプチ・インフレにすれば、財政赤字も目減りするし円高も是正されるし、そんで財政立て直しのための消費税も必要無くなる。

 困るのは、じっと資産を持ってる人。

 インフレ局面では持ってるだけでドンドン貨幣価値が下がるので、投資意欲も出てくるでしょう。

 そしたら雇用も回復するかも。

 と、独り言が続いた。
posted by いおり at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景

2012年01月21日

軸を失う怖さ

 行事と共に儀礼。イニシエーションの持つ意味が今頃重要に思えるようになってきた。

 出産祝いから始まってお葬式に至るまでの間に、さまざまな行事と儀礼を通過する。

 それらは、人生の節目節目に設定されていて脱皮するかのように、その時期にふさわしい意識と振る舞いを自然と呼び起こす。

 残念なことに形骸化してしまってるものも多い。

 かつて元服式であった成人式もしかり。

 伝統文化の衰退が、これら通過儀礼を形骸化してしまってるのではないか。


 海外青年協力隊に参加している知人の話。

 それぞれの国の食卓は、その国の伝統食を日常食べていて、外食する時だけ好みによって他の国のものを食べるんだと。

 帰国して改めて意識したことは、日本は本当に無国籍な食卓。

 
 伝統文化は時代のながれによって次第に変貌していくものだが、軸を失う怖さをもっと意識する必要があると思う。

 このような点において、僕は物分かりの良い、寛容な大人でありたくないね。

 これは柔軟さではなく、軟弱なだけ。
posted by いおり at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景

2012年01月20日

あっという間

 気がつくともう1月も半分以上過ぎてしまった。

 鏡開きにどんと。子供のころはこういった行事と共に、正月気分も次第に薄れて行った。


 今もこういった行事は行われているのだろうけれど、今の僕には無縁で、仕事始めに新年の挨拶を交わすともう正月の休暇が遠い日のように感じてしまう。

 普段、疎遠にしている方々からの年賀状にしたためられている一筆から、その人が生活している息吹のようなものをしばし感じている時間が、心に気持ち良く感じる。

 正月は、電話やメールなど便利なものが随分と増えたが、古いかもしれないけれどやはりハガキは良いもんだと実感する唯一の時かもしれない。

 今頃になってこんなこと書いてるのは、正月に未練でもあるんだろうか。
タグ:年賀状 正月
posted by いおり at 06:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の風景
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