2015年10月01日

睡眠について

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近くの公園で

 睡眠の大切さは、健康に生きるためには論を待たないほど重要なことです。

 世間では、睡眠の深さや質については沢山の情報が流れているのですが、欠けているなと思われる点をいくつかご紹介してみます。

 まずは就寝時間。夜12時までには、床に就くことがとても大切です。

 人間は、日の出とともに目覚めが訪れ、自然とテンションがあがります。そして日の入りとともに次第にテンションは下がり、自然と眠気が訪れます。

 この「自然と訪れる」身体感覚こそが、人が人として自然に即して健康に生きるために必須の感覚です。

 自然界は、子の刻(夜12時)にもっとも陰気が高まります。人もまた、静寂な睡眠の中で、陰気を養っています。いわば、昼間の活動を支えるガソリンのようなイメージです。

 どれだけ栄養価の優れたものを食べても、夜寝ないで生きていくことは出来ません。

 人は、目には見えなくても自然界の静寂な陰気を補充しなくては生きていくことが出来ないのです。

 睡眠は、単に休むということだけではないのです。この点を十分ご理解ください。


 そして床に就くまでの間、どのような気持ちで過ごしているのかは、とても大切なことです。

 寝る直前まで、心や気持ちを昂らせるようであると、快適な眠りは得られません。

 日中には、いろんなことがあったと思います。何かと心を煩わせていても、明日にならないと何も始まりません。

 夜の暗い空気で思い煩うよりも、朝の清々しい空気を感じながら思いを巡らせる方が、より建設的なアイデアも思い浮かぶというものです。

 また、頭で理解していることと、心が納得していることは違うのだということも、是非ご理解ください。

 頭で自分に言い聞かせたりあきらめていても、気持ちがすっきりとしない時は快適な眠りを得ることはできません。

 朝の目覚めが 「何となくよくないな」、と感じた時は、すっきりしない自分の心の感覚をしっかりと感じてみてください。心が、なんとなくモヤモヤとしてすっきりしない時には、緩慢な葛藤・緊張が存在しています。

 このような些細で緩慢な葛藤・緊張が積み重なってくると、心身にも異常が現れ、しかも原因と結果が結びつかなくなり、解決が非常に困難な状況になります。

 このような時には、一旦は辛い自分の症状や状況を受け入れて、歩みを止めることも大切なことです。

 自然治癒力は、身体だけでなく、心にも備わっています。

 心身の自然治癒力を回復するには、「一の会」で行っています「呼吸瞑想」が最も簡便で効果的です。

 興味を持たれた方は、ご参加ください。一度体験された方は、日常の習慣になさってください。

 物を必要としない方法で、自分が自分に対して行うことが、何よりも大切でありまた効果があるものです。

 みなさま、ふと我に返って「いま」心の中でどのようなことをつぶやいていますか?

 そして、「いま」どのような呼吸をされておられますでしょうか?

 これらのことに意識的になるだけでも、心身の状態だけでなく人生の流れも変わってきますよ!





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2015年09月26日

自分が蒔いた種と加持・祈祷

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花壇で 




 僕のかつての知人に、医療者でありまた僧侶として非常に霊的能力に長けた人物がいました。


 その知人がポツリとつぶやいたこと。


 「加持・祈祷は、人を堕落させるな・・・」と。


 人は、自分で蒔いた種を刈り取る時期になり、自分でどうにもならなくなり、救いを求めて頼ってくる。


 医療にやってくる人も、似たようなものです。


 問題なのは、自分が、どんな種を蒔いたのか見ようとせず、刈り取ってもらってやれやれ、で終わる人。



 その知人は良かれと思って加持・祈祷を、やってもやっても、同じ人が同じパターンでやってくることに疑問を持ったようです。


これは宗教でも医療でも、分野が異なるだけで同じことだなと思いました。


 知人にとっては、これもまた学びではあるのですが。



救いを求めて・・・ってね、聞こえはいいですが、裏を返せば自分のやらかしたことが分からなくて右往左往している状態じゃないですか。


自分のやらかしたことを、はなっから見ようとせずに、救いを自分の外にあるものに求めるから、いつまでたっても本当には救われないのですよね。


そして宗教・医療・癒し系経済にからめとられ、消費者として金銭的コストを負担しつつ、救いの安心は手に入らない。


そりゃそうでしょう、真実救いの手は、決して仏像やご神体、先生と呼ばれる外なる対象には在りません。


在るとすれば、対象に接して自分の内的体験として感じる「なにか」に在ると筆者は断言します。今現在も、よく迷う筆者の体験です。


神仏は尊い。でも救いはそこにはなく、それを感じる自分自身にあります。


自分以外のもので救われたと感じておられる方は、対象を通じて自分の心の感覚に気がつかれた方です。


難病を克服された方に接していると、やはり克服の過程で人生観そのものが変わっておられます。




 その知人に弟子として紹介した、これまた霊能力に長けた友人がいるのですが、修行が終わって後、友人は悟るところがあって普通(?)に暮らしています。


 加持・祈祷って、高い能力があればあるほど命がけらしいです。恐ろしいですね〜、人のためにそこまでやるなんてね。


 こんなこと言ってる筆者も、同じ種を蒔くのなら幸せの種を蒔きたいと思いつつ、知らず知らずの間に思いもよらぬものを育ててしまい、自分の手に負えなくなることがあります。


 厳しくとも、筆者がどのような種を蒔いたのかを、目の前に突き付け、刈り取る手伝いをしてくれる友人は、煙たくもあり、ありがたくもあります。時々、共感もしてくれますが・・・


 なんか、筆者の懺悔のようになってしまいましたね。


 で、今度は筆者が友人に、懺悔を促し六根清浄の鍼を施すのですが・・・これが効く効く、自分の腕が上がったのかと勘違いするくらいに。


 相手がちゃんと、受け取る準備が出来ているからです。


 ってね、あやしいと感じられるかも知れませんが、鍼術の根源は道教ですから。



筆者自身、人を救うなんてとてもとても・・・できないと自覚しています。当たり前ですが。


お釈迦さまでさえ、「クモの糸」のカンダタに救いの手を差し伸べられたが、助けることはできなかったではありませんか。


 できるとすれば、やはり杖くらいですかね、時々・・・いや結構、頻繁に折れそうになりますが・・・




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2015年09月25日

脱・薬物依存

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近くの公園で



 人間は、緊張と弛緩、充填と解放の切り替えがとても大切です。

 例をあげますと、夜の眠りは日中の心と体の使い方が現れますし、日中の活動は夜の眠りの状態を反映します。

 こんな当たり前のことが、意外と気に留められていません。

 夜眠れないと、とても苦痛に感じます。

 眠れない苦痛に焦点を当てるのではなく、眠れない夜には是非日中の出来事や自分自身に起きたことを振り返って下さい。

 何となく夜更かしをしてしまう・・・このような人もおられます。

 夜にひとりになり、やっと自分が自分で居られる開放感を、心地よく感じているのではないですか?


 過剰に人の評価を気にしたり、人間関係や仕事上のトラブルが続いたり、甘いものや油濃いものを食べ過ぎても眠れなくなることがあります。

 筆者も、眠れない夜は数えきれないほど経験しています。


 これらのことは、医療では解決できないことです。

 できるとすれば、少しの間でも身体の緊張を解き、落ち着いて問題解決の糸口を見つけるきっかけをつかみやすくすることです。

 医療にかかって、とりあえず眠れるからと頼りっぱなしになると、事態はより深刻になります。

 好き放題に食べたいだけ食べ続け、食生活を振り返ることなく胃腸薬を服用することと同じです。


 かつて学校に行くことが出来なくなった生徒が当院受診時に、心療内科でもらった薬を飲むとやたら眠くなると訴えていました。

 筆者は、恐ろしいことだと感じました。

 何が問題で苦しいのかが分からないのに、さらに追い打ちをかけるかのように問題をはぐらかすやり方。

 これでは、解決できる問題も解決するはずがありません。

 心の葛藤に直面するのは苦痛ではあるけれど、苦痛であるからこそ出口を探すのではありませんか。



 繰り返し行われる対症療法は、現実生活の中で自分自身に甘えを生じさせ、本来持っているはずの問題解決能力はどんどん失われていきます。

 医療は本来、杖になることはあっても、人の力を奪うものであってはなりません

 抗うつ剤服用患者に自殺者が多いのも、当然と言えば当然のことだと、筆者の目には映ります


 医療と関わる時には、自分の身に起きたことは自分が責任を取るのだと、しっかりと認識してください。

 仕事を続けるために、やむを得ず服薬を続けていると仰るあなた。

 どういった形かは分からないにしても、いつか必ず、清算しなければならない時期がやってくるのです。

 あなた自身が抱えている問題は、あなた以外に、誰も解決できないのですから。


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2015年08月07日

振り返れば・・・喪失感

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セジロクマノミ 




 物や人、ペットの喪失感による苦しみ。


 一見、全く関係が無いかのような病気の原因として見られることが多々あります。


 物事が片付き、一息ついた頃にどこからともなく心にやってくる喪失感。


 筆者にも覚えがあります。


 もう、何と形容したらいいのか分からない、あの感覚。


 身の回りの空間、心の中がポッカリと抜け落ち、穴が空いたかのようなあの感覚。


 誰にでも、一度や二度は経験がおありなのでは、と筆者は思っているのですが。



 そこに追い打ちをかけるかのようにやってくる、後悔。


 「あの時、もっと〜してあげたらよかった。」

 「あの時、もっと違う選択があったのではないか」・・・ 等々


 振り返れば、星の数以上に思うことがあります。


 そのような方たちに、決定的に欠けていること。


 それは、「その時その時の自分で、精一杯考え、行動し、尽くした」ということです。


 この点を見失うと、底無しに落ち込みます。


 「今だからこそ」、思えることがあるのです。



 筆者は、「後悔、先に立たず」という言葉に、いつも違和感を感じます。


 その時その時に、未来も過去も無いと思うからです。



 そしてこの喪失感は、味わい尽くすしかありません。


 悲しんだからと言って、元に戻る訳じゃない・・・と自分に言い聞かせるようにして感情をおしこめていると、知らず知らずの間に心が重くなり、それがいつしか身体の異常となって現れます。


 東洋医学では 『七情の不和』 というのですが、現代では病の原因となっていることが非常に多いにもかかわらず、見逃されることの何と多いことか。



 感情は目に見えないですが、身体に触れると明確に現れています。




 例えば原因不明の動悸と不眠。


 治療所のベッドで、感情に触れ、慟哭という表現でも足りないくらい、唸るように泣いて泣いて泣き尽して、症状が消えた方もおられます。


 そのままにしておけば、いずれ病院の検査で異常となる流れです。


 向精神薬を使用すれば、原因がさらに不明となり、深刻化します。



 かつて、ある患者さんが、「先生、もうこれで私の涙も涸れたかと思ったのですが、まだ泣けるんです」とおっしゃいました。


 その患者さんの言葉と発せられた気は、いまだに筆者の心に、ずっと残っています。


 深く深く、味わい尽くせば、心のどこかから新たに湧き上がってくる感覚が、必ずあります。



 感情の取り扱い、現代人は改めて見つめなおす必要があります。




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2015年07月31日

逆やがな・・・逆立ち

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スカシテンジクダイの群れ 慶良間





 おおかたの女性、40代にでもなろうものなら大抵出てくる言葉。

 『更年期障害』

 今のこの症状、近い将来更年期障害になるのと、違いますやろか?

 これ、予期不安と申しまして、自己啓発系では、思考は現実化すると言われておりますが・・・まっ、それはさておき。

 過去、限られているとは言っても、それなりにご高齢の方々とも接してきて、更年期障害なんて思ったことも、感じたこともないとおっしゃる方が大勢いらっしゃったのですがね。

 それがどうでしょう、近年になって閉経を迎える時期になり、少し変わった症状が現れると当然のように、更年期障害になる?

 これ、医療側の宣伝・広告の成果ですねぇ。


 閉経時にホルモンのアンバランスを来すことって、あたりまえのことじゃないですか。

 それでも、更年期障害が出る人と、出ない人が居る。

 実は、なにも分かっていないのですよ、本当のところは。


 筆者が臨床で感じることは、「おんな」(女性じゃないですよ)として、どれだけ官能的に生きてきたか。

 ちょっと過激なので言い換えますと、どれだけ「おんな」として、納得できる生き方をしてきたのか、ここが押さえておくべきポイントです。


 女性は、10代のころから人生の大半を、毎月やってくる生理と共に生きています。

 毎月毎月、身体は妊娠の準備をしているのです。


 女性といえば、生殖能力はその一部に過ぎませんが、「おんな」となると、グンとその重みが違ってくるのです。

 筆者は、男性であり男ですが、閉経期の女性に接する度に「おんな」としての生き方は、どうだったのだろうと、思いを馳せることが多い。

 「おんな」としての生き方に納得していないのに、身体は否応なく生殖能力の終わりを告げてくる。

 そりゃ、やりきれないですよ。

 ただ、問題はそのやりきれなさを自覚している方が、ほとんどいないという事です。

 ホルモンのアンバランスというのは、あくまで結果であって原因ではない。

 逆立ちしていることに、気づいて頂きたいですね。



 興奮すると、アドレナリンが分泌されることって、誰でもが周知のことでしょう?

 動悸がして血圧も高く、夜眠れない・・・これってアドレナリンの分泌過剰ですよね。でも医療機関を受診すれば、安定剤と降圧剤、睡眠薬も出しておきましょうとなる。

 こんなことが、平然となんの疑いもなく行われている、医療側、患者側双方ともに。

 不必要な興奮を来していることこそ、問題にすべきことじゃないでしょうか?

 これを逆立ちと言わずして、何というのでしょう。


 これは、東洋医学も同じです。

 鍼が、漢方薬が、おんなとしての生き方の切なさに、効くわけがないでしょう。

 鍼や漢方を扱う医療者は、そのことを十分に踏まえるべきです。


 身体という自然の生態系に、薬物で医療介入すると自然の生態系はどうなるでしょう。

 言わずと知れたことだと、筆者は思うのですが。

 症状さえ治まれば、そんなこと、かまわないとおっしゃる方もなかにはおられますが・・・


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2015年07月30日

分断・・・軽く見過ぎ

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慶良間の海



 日常の臨床で、心の問題に触れざるを得ないことが多いのですが、大抵の方がおっしゃること。


 本当にこころが、この病気の原因なんですか? というもの。


 癌が、喘息が、アトピーが、腰痛が、頭痛が、こころの状態と関係している?


 心と身体は、ひとつのものであるにも関わらず、完全に分断されている。科学思想の弊害です。


 病院で、ひとたび脳血管腫です、なんて仰々しい診断を下されると、あっという間に問題の本質から目がそれ、脳というホンのひと部分の現象のみに目が奪われてしまう。


 筆者は、悲しいことだと思う。


 仮に手術が成功したとして、それで問題が解決したわけではない。かくして、医療消費者として延々と医療と縁が切れない関係となる。


 心と体の関係の深さと、そのタイムリーさを知るには、何も特殊な能力が必要な訳ではない。


 心に梅干しやレモンをかじることをイメージすると、ツバキが出ますよね。


 感動的な映画やホラー映画見た後、心と体はどんな感じになりますでしょうか?


 身体は、現実であろうが幻想であろうが、区別しないのです。心に浮かんだイメージや思い、目や耳に触れたことが現実でなくとも、そのまま身体に現れる・・・当然のことなのです。


 ところがひとたび難病にでもなろうものなら、日頃の心の状態や飲食の在り様、夜にどんな気持ちや状態で寝ているのかなど、振り返ることすらしない。


 ゴミの出所をあいまいにして、どうしてこんなに汚れるのかと疲労困憊しているようにも思えます。


 現代医療は科学的ですが、科学とは関係性を切り取って分析の手を加えて認識する手法です。


 もちろん、認識する道具としてはとても重要なのですが、その長所と短所はよ〜く知っておきたいものです。


 私たち人間は、何ものからも切り離されていないのですから。



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2015年07月10日

からだが弱い・・・?

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 時に臨床で、ご自身で元々体質的に弱いとおっしゃる方に出会うことがあります。

 そのような方に共通するのは、体の変化には気が付いていても、ご自身の心の状態との関係にはまったくと言っていいほど無関心な人がほとんど。

 しばらく瞑想していると、とてもよくわかるのですが、ちょっとした心の変動にも身体は正確に反応します。

 体が弱いと思い込んでおられる方の多くは、実は心の使い方が下手であるだけ、という方が多いのです。

 実は、筆者もかつてそのように自分自身の身体に対して思い込んでいました。

 待望の本家の跡継ぎとして、しかも従兄の中で最初の男の子という事で,大事に大事に育ててもらいました。

 視点を移せば、いつも大人の視線が注がれていたわけで、ちょっとした異変にも周囲が敏感に反応すると、子供の心は大きく反応します。結果、期待の重圧を無意識に感じながら、神経質な子になってしまいます。

 双方ともに、無理もないといえば、無理もないのですが。


 神経質な子どもは、自分自身に目が向くというよりも、周囲の状況に目が向いてしまうので、対象となる周囲の気を読むことに長けるようになります。

 その反面、自分自身の心の状態に目が向きにくいという短所も同時に生じます。

 すべてにおいてというわけではなく、少なくとも筆者の経験上、このような傾向にあると感じられます。

 子どものころから、体質的に弱いとおっしゃる方の中には、このようなパターンの方が結構いらっしゃいます。

 現代においては、少子化の影響もあるのでしょうか、常に大人の視線が注がれています。大人の目から隔離された、子どもだけの世界が狭くなっているように感じます。

 その大人の視線が、不安で見守るのか、それともおおらかに、小さくとも子どもを信頼して見守るのかによって、子どもの心の状態とその反応は、大きく左右されます。

 お子さんが病気がちだと感じておられる親御さん、ちょっと振り返ってみてくださいね。

 実はこれ、大人になってからも、基本的には同じなのですがね・・・

 自分は体が弱いと思い込んでいる人が、自分の心の動きに目を向け始めると、人により時間の長短はありますが、心の状態と体が密接に繋がっていることに気がついてきます。

 そうなると、日常の何気ない生活の中で、少しずつ気づきがもたらされ、ある時期が来ると変容がもたらされます。

 ちょっとした環境変化や冷たいものですぐに下痢をする、喘息、アトピー、慢性の頭痛、繰り返されるぎっくり腰、絶え間のない夫婦間のトラブルによる不眠・・・ets

 鍼治療を受けながら、飲食を改め自分に向き合い、自分の感情に触れ、深くわだかまっていた自分の心の中に気づきが訪れると、劇的に体質が良い方向に変わることがあります。

 病が治ったというレベルではなく、生き方そのものが変わります。

 ひいては顔の表情そのもの、容姿から放たれる、その人の気もまた大きく変わります。

 そんな中、実は長年望んでいた子宝に突然恵まれた、という方もいらっしゃいます。

 これこそ天啓であり、ギフトですね。


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2015年07月02日

考えても仕方ない・・・

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 梅雨入りしてからというもの、寒暖の差が激しいですね。

 みなさま、くれぐれも冷たいものには気をつけてくださいね。


 表題の「考えても仕方ない・・・」

 頭では理解していても、どうしても考えてしまう。

 そんな時、ちょっと立ち止まって自分の心の感覚に焦点を当ててみるのも一つの案です。

 全く関係のないところで、感情の鬱滞が原因している場合があります。

 ここしばらくの出来事や、古くから持ち越していることが心の中にあると自覚できていれば、じっと感じてみてください。

 そこには大抵、感情が付随しているはず。

 先ずは感情を表現することで、その下にある自分の深い思いに気づくことが出来ます。

 問題解決のカギは、その自分の思いにあります。

 感情がフタをしてしまって、見えなくなっておられる方。

 懸命に解決に取り組んでおられるのですが、出口が見つからないとおっしゃる方。

 情緒障害やうつ病などは、その典型的な例です。

 東洋医学では、七情の病と称して、腰痛であれ喘息であれ皮膚病であっても、あらゆる疾患の原因ともなっています。

 直接身体に触れると、からだは表現しています。

 現代では、人間関係で感情を表現することがタブーとされる傾向にありますが、鬱滞が過ぎて感情を失うと、生きる意欲が低下します。

 このような傾向対策には、瞑想が最も適しています。

 身体の動きを止めても、頭の中は高速で回転します。

 呼吸に意識を向け、自分のこころとからだの感覚に向き合う。

 高速回転の頭の中は、次第に治まってきます。

 すると、少しずつ自分自身に気づいていくことができるようになります。


 「一の会」の養生講座では、月に1回ですが、そのような機会を設けています。

 呼吸瞑想に関する詳しい内容や様子は、「一の会 養生講座」のブログをご覧ください。



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2015年03月21日

花粉症のあれこれ

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治療所近くの、街路樹 モクレン





本日3月21日土曜、モクレンの花が暖かな春の陽気のもと、もうすでにあでやかに咲いていますね。


天気予報に、花粉の飛散状況なども報道され、いよいよ本格的な花粉症シーズン到来と言ったところでしょうか。


当院にも花粉症でお見えになる方がいらっしゃいますが、治療を受けて頂くと、皆様一時的に良くなられます。


そして花粉症の真の原因となる、メンタルなこと、さらには飲食の指導を行っているのですが、それにもかかわらず、大抵の方が再発しておみえになられます。


説明して頭では理解できても、いまひとつ因果関係の実感が無いからだと考えています。


皆様に共通していること。


それは、花粉が原因で起きているという認識です。



これが根強い観念となって、浸み込んでいるのだなぁと、いつも考えさせられます。


無理もない。世を挙げて、原因が人体の外にあるとの観念を、毎日植え付けているのですから。


スギ花粉飛散状況の報道など、その最たるものです。



この観念こそが、この病を困難にしている1番の原因です。


再発して来院されるまでのメンタルの状況と、口にした飲食物をたどっていくと、自分が行ったことと自分の身に起きていることの因果関係がはっきりとします。


このように、毎日何気なく口にしているものや心の状態と、花粉症状とが実感として結びつくと、まずほとんど再発することは無くなります。



病の原因が外にあるならば、抗アレルギー剤の服用、マスクや外出を控えるなどの対策を延々と続けなくてはなりません。


病の原因が内にあるならば、生活を改めることで花粉を気にせず生きて行くことができます。


その反面、メンタルを含めた生活全般における摂生が必要になります。



病もつらいが、摂生もつらい・・・


自分の身に起きていることの責任を、自分でとれるようになりましょう。


それが真の自立した、大人というものです。



皆様、あまりマスコミの報道は、信用しない方がよろしいですよ。


健康情報に関しては、特にです。


心を穏やかに、飲食に節度を持ち、夜はぐっすりと寝て気持ち良く排泄する。


これらをおろそかにして、どこに健康の秘訣があるのでしょうか。





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2015年01月23日

目のつけどころ


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 最近もうすでに、目の痒みを伴った方に、チラホラ遭遇します。


 もう、花粉症かしら?


 今年は、花粉の飛散が例年の4倍くらいと報道されているので、花粉症の発症は覚悟してます・・・




 花粉症の原因が、花粉であるとの認識はすっかり定着したようですね。


 例年、筆者は同じことを書いているのですが、今年もまた同じことを書きます。



 自分の身体に起きていることの原因を、外に求めるのか、内に求めるのか。


 これによって、大げさですが人生が変わります。



 外に求めるのでしたら、マスクなどでガードしながら、花粉に暴露されない対策を講じて、その場の症状を抑えるために服薬するといった対応が一般的なのではないでしょうか。


 自分の身に起きた事の原因を外に求めるのなら、このような対策は、今後も続けなくてはならないですね。



 ネットで調べてみると、この対策にかかる費用は、国民全体ではマスクや空気清浄機などのグッズの売り上げに伴う経済効果は約1,000億円。


医療経済面から見るとスギ花粉症に関わる1年間の医療直接費の総額は1,172億円、合計ざっと2000億円。


経済効果、抜群です。


 しかも治らないだけでなく、花粉症患者は、増加の一途。



 社会的なことはさておき、つらい花粉症を何とかしたいですよね。


 粘膜に起きている抗原抗体反応のメカニズムを解明することは、大切なことです。


 ただ忘れてならないのは、人間が存在している関係性から切り離して科学しているということです。


 逆にいえば、この複雑な関係性の結果を、関係性から切り離さずには科学できないと言うことです。



 その人の心の状態や信念がどのようなものであって、どのような飲食物を摂っていて、どのような仕事をしていて家族との関係はどうなのかなどなど・・・


 花粉症に限らず、病の原因はこのような関係性の中にあるのです。


 これが東洋医学の視点です。


 かといって、経絡の流れが悪いとか、気血のバランスが悪い、冷えが悪いとかなど、そんなものは東洋医学の中でも、枝葉の枝葉です。


今からでも遅くありません。


 2月4日の立春を過ぎると、自然界の気の流れが上方向に変わります。


しっかりと日常生活を振り返り、本来の生活を確認することが必要です。



ヒントは、こちらに書いております。


       


自分で治せますよ、「花粉症」




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2015年01月16日

体は心の鏡

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 成人式も終わり、お正月も、もうすでに遠いできごと・・・

 そのように感じておられる方、多いのではないでしょうか。


 これからの季節、年末年始の過ごし方が、陰に陽に現れてきます。

 特に飮食の不摂生が心身ともに現れてきます。


 心の状態が身体に現れることは、ストレス学説が周知となった今では、ある程度皆様ご承知だと思います。

 ところが、身体から心にもまた影響することは、以外と知られていません。

 たとえば美味しいものを食べて満足している時に目に映る世界と、食べ過ぎて体調を壊してしまった時に目に映る世界とは、まるで違ったように映りませんでしょうか。


 なんとなく体がだるい、重いと感じている状態。

 排便がすっきりとせず、なんとなく不快な状態。

 このような時、心の状態も、実はなんとなくスッキリしません。


 このようなスッキリしない心の状態では、目に映る世界もまたなんとなくスッキリとせず、不快にかんじるものです。

 たとえば普段だと、あまり気にせず流せる言葉が耳について引っかかったり、普段なら気持ちよく行える家事や仕事がとてもストレスに感じたりするのです。


 このような状態で生活していると、知らず知らず周囲との調和が乱れ、トラブルも多くなります。

 そうなると今度は心が身体に、身体が心にと、悪循環を生じて病となってしまうこともあります。


 赤ん坊や幼児は、体調が悪くなると機嫌が悪くなります。

 周囲の大人が適切に対応できれば問題ないのですが、チョコやお菓子を止めればすむ事を、小言やしつけようとするなど、対応を誤ると悪循環を起こし様々な病態を生じてしまいます。



 心が先か、体が先か・・・

 ニワトリと卵ですね。

 心は目に見えませんし、計量することもできません。

 飮食物は、目に見えますし自分で計量することができます。

 飮食の節制、とても大切なことです。





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2014年12月26日

お餅に注意

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 いよいよ新年は、目前になってきました。


 みなさん、忘年会やお掃除にと、一年の区切りをつけるためにあわただしく動いておられるのではないでしょうか。


 お正月の風物詩のひとつとして、お餅が挙げられます。


 もうすでにお餅を召し上がっておられる方も、いらっしゃるかもしれません。


 ところがこのお餅、現代においては意外と曲者なのです。


 お餅は、陽気が強く粘性の物ですので、腹持ちが良く冬の寒気から身を守ってくれます。


 ところが栄養過剰の現代においては、反って害になることを臨床でしばしば遭遇いたします。


 授乳中のお母さんの乳腺が詰まってしまい、腫れて痛む乳腺炎。


 足腰膝などの関節痛や外反母趾の痛み。


 動悸や息切れ、倦怠感や皮膚症状の悪化・・・


 お餅と関節痛?


 不思議に思われるかもしれませんが、お餅や油脂、甘いものなどは体液の粘性を高めて流れを阻害し、関節部位で停滞しやすくなるため、痛みを生じるのです。


 動悸・息切れは、お餅がおなかに停滞して、なかなか下に降りにくいために起きる症状です。食べ過ぎると、呼吸が苦しくなるのと同じ道理です。


 体液の粘性が高まり、身体全体の流れが悪くなりますと、「なんとなく・・・不調・・・」といった状態が現れます。


 最近になって、お餅が原因する状態をよく目にしますので書きましたが、お餅に限らず、年末・年始は食べ過ぎ・飲み過ぎに依る体調不良を来しやすい時期でもあります。


 みなさま、どうぞうまく節制なさって、素晴らしい新年を迎える準備を致しましょう。




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2014年12月07日

個性

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 かつて筆者は従妹に、「あんたを含めて、じいさんもみんな、かたいわ」って、言われたことがあります。

 その時筆者は、「おまえが、柔らかすぎるねん」って言ったことを、昨日の診療中に思い出しました。


 きっかけは、とある患者さんから、「先生のブログは、読めない漢字が多くて難しい」と言われたことがきっかけです。

 すかさず弟子の三谷君が、「先生の文章は、ちょっとかたいです」、と。


 ほ〜、なるほどな・・・みなさんに僕は、かたく映っているんだ、と思った次第です。


 かつて農村部であった実家では、筆者自身も「あの村のあの一族は、こういう傾向の人が多い」などと、評していた覚えがあります。

 やはり、育った環境の影響は絶大だなと、今改めて感じ入っているところです。


 人にどのように映っているのかを、伝えて頂けるのは非常にうれしいことでもあり、また大切にしたいと思っています。

 が、堅かろうが柔らかろうが、これが自分の個性でもあります。


 自分という存在は、やはり自分以外のたくさんの関係性の中で培われてきたもの。

 ですが、自分に今起きていることを環境のせいばかりには、できません。

 自分もまた、環境を作っている存在の一人であり、影響を与える側の存在でもあるからです。

 筆者はこの個性で、どんどん環境に働きかけていきます。


 なんか、楽しいんですよね。

 昨日、伝えて下さった患者さん、ありがとうございます!


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2014年12月06日

どうして!




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 ベットサイドでの会話で、よく耳にするのが「どうして?」という言葉。


 自分の意にそぐわない時、往々にして相手や状況に対して発せられる。



 「どうして、あなたはいつもそうなの!」


 「どうして、いつもこんなことするの!」


 「どうして、こんなことが分からないの!」 ・・・



 さしずめ関西弁でしたら「なんでやねん!」ってニュアンスでしょうか。




 さてさて、言葉や意念の発する、ベクトル。


 これを、変えてみませんか。




 いつのまにか、「どうせ・・・なんでしょう・・・」と、あきらめに似て、あきらめ切れない、すねた気持ち、気の停滞を起こす前に。


 病気の原因とも、なります。



 基本的に、相手や状況をコントロールしようとすると、大きな労力を必要とします。


 つまり、エネルギーのコストが高くつくのです。


 しかも、費やした労力の割に、手にする結果は必ずしも自分の満足に繋がらないものです。




 「どうして? どうして? どうしてなのよ!」と繰り返すうちに、変わらない相手や状況に対して、段々と自分の無力感を味わうことにもなります。



 母親と子供の関係に、ちょくちょく目にするパターンです。


 傍らから拝見していると、母子ともに、力比べのように映ります。



 「どうして?」という言葉を発する方向を、自分自身に向けると、以外にも相手や状況が大きく変化することも多々あるのですがね。


 方向転換して、劇的に良くなられた方も、たくさん見てきました。



 大人のエネルギーの使い方。


 しっかり向き合うべきところを見定めて、より建設的で楽しいエネルギーの使い方。


 ちょっと気が付けば、誰にだって、出来るものです。









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2014年11月29日

あなたの喜びは?

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 患者として来院される人には、治療者でありながら教えられることも数多くあります。

 そんな例をひとつ。


 ある疾患で、大学病院での手術の日程まで決まっていながらにして、ある方のご紹介で鍼治療に期待を抱いてこられた方がいました。

 わずか1度の治療で症状は緩解し、数回の治療でなんと、完治してしまったのです。

 当然、手術はOFF。


 ところが、一生懸命に治療をしていても、なかなか完治に至らない場合も多々あります。

 もちろん、筆者の力不足ということもありますが、それにしてもこれは一体どういうことなんだろうと。

 その方のお人柄に触れているうちに、見えてきたものがあります。



 それは、その人にとって仕事が、楽しくって楽しくって仕方がないということでした。


 ご自身の仕事に、喜びと意義を十分すぎるくらい感じておられたのです。

 この方の疾患は、楽しい仕事のやりすぎ。過労に依るものでした。


 飲食の節制と休養の必要性と、この疾患との関係を説明すると、素直に聞き入れて下さいました。

 驚くほどの回復。

 1本の鍼が、これほど効くのかと、筆者自身が驚くほど効きました。



 仕事の悩みを抱えておられる方、たくさんおられます。

 なんのために仕事をしているのかと尋ねると、たいていはお金のため、生活のため、家族のため、ローンの支払いのため、食っていくため・・・etc

 これらは、不安と恐れを背景にした観念です。

 疲労感が大きくなるのも、無理はありません。



 現代は、雨露しのげるところがない、食べるものもない、といった戦後の世の中ではありません。

絶対的貧困は、もはやこの国には存在しません。



 ほとんどの方が、大切なことを見失っておられます。


 それは・・・

 自分の喜びのため。


 お金のためとか家族のためとかも、結局は自分のためと思われるかもしれません。

 でも、そんな回りくどいことを言っているから、分からなくなるのですよ。


 主客逆転。

 逆立ちして、生きているようなものです。



 何を喜びとするかは、人それぞれ異なります。

 ただ自分は、自分以外の何かのためには、生きることが出来ないのだとはっきりと自覚することが必要です。


 何かのために生きると言えば、聞こえはいいけれども、自分を偽って生きることになります。


 人は、自分の喜びのために生きる。


 仕事は、そんな自分を表現する一形態、自己実現の舞台。


 自分の中に、自分にとっての仕事の位置づけがきちんとなされていれば、時に過労に陥って病となってしまうことがあっても、飲食と睡眠に気をつけてしばらく休養すれば、容易に回復するものです。



 自分の喜びのために生きる。


 あなたは、なにを喜びとしていますか。


 探せばもうすでに、いくらでもあるはずです。


 さしずめ筆者は、人が喜ぶ姿をみている「自分が」嬉しい。


 自分の子供に対しても、同じです。

 「子供のために」と、ふと頭をよぎることもありますが、自分のためにと言い換えます。


 筆者にとって鍼は、自分を表現する道具です。


 主客を、きっちりと見極めてくださいね。



※ 『一の会 養生講座』 直近の予定

   11月29日(土) 永松先生による「身体学講座」

   12月6日(土)  筆者:金澤による「呼吸瞑想会」

   身体的健康法に加えて、自分の感覚を取り戻そうとする試みでもあります。

   年内開催のご案内詳細 → 『一の会 養生講座』





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2014年11月24日

就寝時期の大事-陰陽に適う

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 睡眠の大切さは、わざわざここで改めて書く必要のないくらい、皆様その重要性を認識しておられると思います。


 睡眠時間の長短を認識している人は多いのですが、東洋医学的にはそれも大切なのですが、それよりもいつ布団の中に入るのかが重要です。




 人は、昼に活動して夜は眠るように出来ています。

 なぜなら、自然と人間はマクロコスモスとミクロコスモスの関係だからです。



 この世の万物は、生々流転しますが、人間は生きている間、発散と収束・解放と充填の二律背反の間を行ったり来たりしています。

 この流れが、十分機能していれば、健やかに元気で過ごすことができるのです。



 昼は発散・解放。

 夜は収束・充填。



 自然界においては、陽気が高まる頂点が正午12時。

 陰気が深まる頂点が午前0時。



 昼の活動を支える陽気は、夜の静寂な陰気をその原料にします。

 陰気は、ガソリンのようなイメージです。



 午前0時というのは、最も陰気が深まり精気を充填させる時なので、それまでには、すでに深く眠っていることが大切なことです。


 下図は、陽気を鎮め陰気が充実して陰陽の気の調和を取る姿をイメージした図です。

 専門的には、『 陰陽の消長 』と称します。



 夜は体の動きと意識の働きを止めて、深く陰気に沈んで精気を充填させます。


夕夜・陰長陽消.bmp赤=陽気  青=陰気




 昼は活発に体と意識を活動させ、陰気を燃料にして陽気を発散させます。



陽有余陰不足ー昼.jpg赤=陽気  青=陰気





 夜の安眠は昼の活動に支えられ、昼の活発な活動は夜の睡眠に支えられます。

専門的には、『 陰陽の互根 』と称します。


 陽が沈むと同じく人は、気を静め眠る。

 陽が昇ると同じく人は、気を昇らせ目を覚まし、行動を始める。


 これらは、大自然普遍の陰陽の大法則であり、太古から人間は、このように生きてきました。

 この大法則に法った生活こそが、健康に生きる基本であると東洋医学は説いています。


 なにも難しいことは、ないと思うのですが。




 ※ 『一の会 養生講座』 直近の予定

   11月29日(土) 永松先生による「身体学講座」

   12月6日(土)  筆者:金澤による「呼吸瞑想」。

   身体的健康法に加えて、自分の感覚を取り戻そうとする試みでもあります。

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2014年11月23日

数字で計れないもの

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 前回、数字ということを書きました。

 世の中にはデーターと称する数字が幅を利かせて、水戸のご隠居の印篭の如く扱われていますが・・・

 数字で計れるものには、それなりに意義があります。

 ところが現実世界では、数字では測れないものがほとんどです。


 精神力や直観力もそのひとつ。


 みなさん、理詰めで動いておられるようですが、結構その場その場の思いつきや、ピーンと来たもので選択・行動しておられませんでしょうか。


 たまたま目にした食べ物や衣服などに心が反応したり、なんとなく惹かれるように出会ったり決めたり。


 試験や検査。


 これらは人間の多面的な能力の、ほんの一面を計ったのに過ぎません。


 その数値が良いからと言って、健康で充実した人生が送れるとは限らない。

 このようにして書けば、当たり前のことですよね。


 車を自転車を運転している時に、最も大事なのはなんでしょうか?


 自分の感覚。


 数字は、たくさんある道具のひとつ。


 人生を生きる。

 同じだと、僕は思うのですが。




 12月6日(土)に行います、『一の会 養生講座』での「呼吸瞑想」。

 身体的健康法に加えて、自分の感覚を取り戻そうとする試みでもあります。

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2014年11月22日

自分の感覚で

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 11月21日の過去ブログ『温めすぎに、ご用心』に、この時期に発汗しすぎて、反って体が冷えることの理由を書きました。

 日常の臨床では、入浴の時間を問うことも多いのです。

 入浴の目的は、身体を清潔に保つこと。

 そしてお湯によって身体を温め、ホッとして気持ちを緩め、代謝を促すことによって疲労を回復しやすくすることです。


 「お風呂に、あまり長時間入りすぎないようにしてください。」

 「何分くらい、お湯につかれば良いのでしょうか。」


 『 数字 』

 これでアドバイスを求めてくる方、意外と多いのですよ。


 「あまり水分を、取り過ぎないようにしてください。」

 「では、一日に何CCなら良いのでしょうか。」



 「出来るだけ、早く寝てください。」

 「何時までに寝るのが良いのでしょうか。」



 「あまり食べ過ぎないように、してください。」

 「どのくらいの量が、適量なのでしょうか」



 「生野菜や果物は、しばらくの間止めてください」

 「どのくらいの期間、止めればいいのでしょうか」


 もう、一々書くことが出来ないくらい、『 数字 』 を聞いてこられます。


 みんなに備わった、心と身体の感覚に合わせれば良いだけなのです。


 自分自身に備わった感覚よりも、外の尺度に自分を合わせようとすると、狂いと迷い、混乱が生じます。


 ご自身の感覚が、分からないとおっしゃる方もまた、多く目にします。


 12月6日(土)に行います、『一の会 養生講座』での「呼吸瞑想」。

 自分の感覚を取り戻そうとする試みでもあります。

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2014年11月20日

体調管理のポイント

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 11月も後半に入り、いよいよ寒さを実感するようになってきました。

 風邪を引いておられる方も多いのですが、一旦良くなっていた症状が再発して来院される方もおられます。

 目立つのは、第一にやはり飲食の不適切



 中華・韓国・西洋・無国籍の料理メニューが、日常の食卓に上る今日的状況を、やはり憂います。


 このところの寒さのためか、カツや唐揚げ・天婦羅など過剰な油脂の食品によって体調を崩されてます。



 油脂は、東洋医学的には陽気の強い性質があり、体に熱を生み出してくれます。

 油は、火がつきやすく燃えやすい、そんなイメージです。

 さらに油脂は、体液を粘稠にするので気血や体液を滞りやすくするという性質があります。



 その端的な現れが、気道から咯出される痰です。


 痰は、肺から濾し出された体液というのが、東洋医学の認識です。



 冬は、寒気が盛んな季節。 下図をご覧ください。



冬・蔵・鎮静




 外界の寒気によって、身体の気血は発散しにくくなり、体内に籠るようになる季節です。


 過剰な陽気=熱は、炎症という現象を起こしやすく、しかも風邪を引くと激しい咳を引き起こします。


 咳は、本来なら身体から発散すべき陽気が体内に籠り、出口を求めて咳という症状を現わします。


 出口は、大小便と汗と呼気です。


 冬はあまり発汗しすぎないように気をつけるのが宜しいのですが、最低限しっかりとした深い呼吸とお通じはしっかりと出るように、普段から気をつけて頂きたいものです。

 これから年末に向かって何かと気ぜわしくなりますが、みなさまどうぞ飲食には気をお配り下さい。


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2014年10月28日

魂の存在感



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 前々回、「根を探す視点」で書いた「寄せ集めている、その中心になっているのは、何なのか。」

  そして前回、左右に揺れながらも進んで行くことができるのも、軸があるからだ、と書きました。


 それらの軸・中心を、魂とも称します。


 意識と無意識。

 心理学では、別々のものと捉えて分析を加える。


 そうではなく、「いまここ」の自分がすべて。


 分けて捉えようとするから、反って分からなくなるのだ。


 無意識は、意識に反映される。

 無意識は、何層にもなっていると心理学では解析しています。


 なにも難しい解析を加えなくとも、少し自分と向き合えば、矛盾する自分がいたり、自分の深い想いに気づく経験を通じて、自覚できることです。

 自覚できない方は1日の内、少しの時間を割いて、呼吸に意識を向けながら毎日瞑想するのが一番の近道。


 呼吸瞑想のご案内 → 「一の会 養生講座」 



 無意識の奥で存在している魂。


 魂には生まれる以前から、そして生まれてこの方の経験のすべてが蓄積されています。


 魂と意識の間に、感情の鬱積や観念などが入り込んで魂を見失ったとき、自分の中心を、軸を見失うのです。


 自分の心に起きていること。

 自分の身体に起きていること。


 受け入れがたく、苦痛に感じるのは、まさに自分の魂と隔たっている苦痛でもあるわけです。



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