2015年08月07日

振り返れば・・・喪失感

セジロクマノミP6130030.JPG

セジロクマノミ 




 物や人、ペットの喪失感による苦しみ。


 一見、全く関係が無いかのような病気の原因として見られることが多々あります。


 物事が片付き、一息ついた頃にどこからともなく心にやってくる喪失感。


 筆者にも覚えがあります。


 もう、何と形容したらいいのか分からない、あの感覚。


 身の回りの空間、心の中がポッカリと抜け落ち、穴が空いたかのようなあの感覚。


 誰にでも、一度や二度は経験がおありなのでは、と筆者は思っているのですが。



 そこに追い打ちをかけるかのようにやってくる、後悔。


 「あの時、もっと〜してあげたらよかった。」

 「あの時、もっと違う選択があったのではないか」・・・ 等々


 振り返れば、星の数以上に思うことがあります。


 そのような方たちに、決定的に欠けていること。


 それは、「その時その時の自分で、精一杯考え、行動し、尽くした」ということです。


 この点を見失うと、底無しに落ち込みます。


 「今だからこそ」、思えることがあるのです。



 筆者は、「後悔、先に立たず」という言葉に、いつも違和感を感じます。


 その時その時に、未来も過去も無いと思うからです。



 そしてこの喪失感は、味わい尽くすしかありません。


 悲しんだからと言って、元に戻る訳じゃない・・・と自分に言い聞かせるようにして感情をおしこめていると、知らず知らずの間に心が重くなり、それがいつしか身体の異常となって現れます。


 東洋医学では 『七情の不和』 というのですが、現代では病の原因となっていることが非常に多いにもかかわらず、見逃されることの何と多いことか。



 感情は目に見えないですが、身体に触れると明確に現れています。




 例えば原因不明の動悸と不眠。


 治療所のベッドで、感情に触れ、慟哭という表現でも足りないくらい、唸るように泣いて泣いて泣き尽して、症状が消えた方もおられます。


 そのままにしておけば、いずれ病院の検査で異常となる流れです。


 向精神薬を使用すれば、原因がさらに不明となり、深刻化します。



 かつて、ある患者さんが、「先生、もうこれで私の涙も涸れたかと思ったのですが、まだ泣けるんです」とおっしゃいました。


 その患者さんの言葉と発せられた気は、いまだに筆者の心に、ずっと残っています。


 深く深く、味わい尽くせば、心のどこかから新たに湧き上がってくる感覚が、必ずあります。



 感情の取り扱い、現代人は改めて見つめなおす必要があります。




新ロゴ鍼灸院.jpg

posted by いおり at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 診察室の窓
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