2014年09月19日

問題の履き違え


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 久々のブログ更新となってしまいました。

 このところよく思うことは問題の履き違えによって、病苦からなかなか抜け出せないと言うこと。

 身体的な苦痛は、強烈に我に帰ることを強いてきます。

 痛みの苦痛が大きければ大きいほど、その場しのぎであっても、とにかく楽になりたいと願うのは当然のことです。

 ただ、忘れてならないのは、その苦痛には必ず因果関係がある事です。

 それは身体の生理的なメカニズムではなく、自分の取った行動、心の状態との関係です。

 たとえば眠れない、不眠が続いて疲労感が強い。眠れるようになりさえすれば、すべては上手く行くので、眠れるようになりたい。

 このように訴えられる人が多いのですが、問題は眠れないことではなく、眠れないほど心に、身体が苦しいということです。

 安易に眠剤を使用すると、問題は先送りにされるだけでなく、事態は益々深刻化します。

 これは不眠に限らず、単純な冷え症でも重篤な病であっても同じことです。

 自分の心身に起きていること。

 意識の光を、どこに当てるのか。

 実は、これこそが最も重要なポイントなのです。

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2014年09月20日

問題の置きどころ

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 病は、かつては細菌やウイルスなどによる感染症が中心であった。

 赤痢やコレラ、腸チフスなど、特に明治開国以後日本で猛威をふるいました。

 そこで威力を発揮したのは、疫学を得意とする西洋医学でした。

 東洋医学には、このような観点が欠落していた。

 西洋医学的な消毒や公衆衛生の普及によって、これらの病は現在ではほとんどなくなりました。

 ところがその代わり人々が経済的に豊かになるにつれ、成人病から生活習慣病と名を変えた病、癌などの増加と、いわゆるアレルギー疾患は減るどころか増加の一方。

 西洋医学的方法では、感染症以外の病に対しては予防的役割を果たせていない、というのが大局的評価ではないでしょうか。

 日常の臨床でよく遭遇する、アトピーや喘息などの疾患に対して、患者が日常どのような状況で生活をしていて、どのようなものを美味しいと感じ、どのような精神状態であるのかを問題とする病院は、おそらく僅少だろうと思う。

 病とそれらの相関性が、視野にないからだ。

 心理的なことが身体の状態に反映されるとする、ストレス学説も狭い分野での応用しかおこなわれていない。

 重病になればなるほど、患者の心理状態が病の進行に反映されるなどとは、数字に現わせないからだろう。


 たとえば小児の場合、親との関係や家庭を取り巻く環境に、問題の本質があることが多い。

 そこに問題の本質を置かず、体に現れている症状だけを問題として解決を図ろうとするから、治らないのである。

 子供が病気をした場合、子供だけでなく、親自身の心の状態や生活状況を振り返る必要がある。

 問題の置きどころを、子供自身の身体の問題に置くと、対処療法として延々と薬物を使い続けなければならなくなるのだ。

 もちろん、我々鍼灸医学に携わる者も、症状の緩解を目指すが、問題の置きどころは子供よりもむしろ同伴してきた親に目を向ける。

 親自身が謙虚に自分を振り返り、現実的な生活習慣・心の習慣を変えることで、病気の治癒だけでなく再発も無くなる。

 さらに、子供に関わる全てのものが、平和で穏やかな生活が訪れる・・・

 ほんとうに病気が治るとは、このようなことなのだ。


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2014年09月25日

許すことについて

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 パワハラ、セクハラ、悪意のある嫌がらせ、果ては犯罪や事故の被害者に遭われた方まで、様々な方が様々な症状を抱えて来院される。

 許す側、許される側。いったいどちらが救われるのだろうと考えてしまう場面に、しばしば出会う。

 ケースによるが、許すということは、被害に遭った方がハードルが高いように思える。

 被害者が、相手を許すことが出来るようになった時、被った被害から自由になる。怒りや悲しみ、そして恨みからも。

 決して消えることの無いように思えるが、現れては消え、消えては現れながら、川の水のように流れ、水は元の水にあらずというように、人生は過ぎていく。

 被害を与えた側は、全てを正直にし、明らかにして謝罪することで、楽になれる道がある。

 被害に遭った側は、なかなかそこから抜け出せない。

 今に生きていながら、未来が見えないんですよね。

 身体症状、完全には消えないですよ。

 頭ではなく、心の中でストンと落ちるように許せるようになった時、心はネガティブな感情や想いから解放される。

 今まで使っていたエネルギーを、未来に向けることが出来るようになる。

 そうなると、ちゃんと治りますよ。

 過去の戦争被害も同じ。

 過去にこだわって今に留まるのか、過去のことは過去の事実として未来に向くのか。

 全ての人には、この選択の自由が与えられている。

 時間はいくらかけてもいい自由も与えられている。

 が、難しい人には難しいだろうが、簡単な人には簡単なこと。

 あせらず、今の自分をただ正直に感じて見る。

 こんなところに出口があるように思える・・・

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2014年09月27日

不安は大敵

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 健康産業花盛りのご時世ですが、それにしても癌をはじめとする難病は減りませんねぇ。

 医学が発展して、病気を見つけることが出来るようになったからだと主張する方もおられますが、どうなんでしょう。

 現代医学が取り組んでいる健康診断。

 これって、意外とくわせ者です。何故かっていうと、予期不安をかきたてるからです。

 健康に生きるためには、不安と恐れこそが、一番の大敵なんですから。

 もちろん、病気を治すためにも、不安は大敵で、安心がどんなことより優先されるべきです。


 ところで、そもそも健康って数値で測れるものなのでしょうか。

 日常みなさまは、ご自身の健康状態をどのようなことで測っておられますでしょう。


 日常の臨床で、基準としていることは以下のようなことです。

 1.夜はすぐに眠りに落ちてぐっすりと眠れ、朝、目が覚めて今日一日が始ることが嬉しく感じる。

 2.ご飯がおいしく、排泄がすっきりしている。

 3.物事に意欲的に取り組める。

 4.家族や周囲の人たちと平和に暮らせている。

 これらは、基本中の基本です。

人が病気になる原因といえば、心の状態と飲食の内容。そして睡眠です。

 このようなことに目を向けることなく、どのような健康法を行っても、僕は徒労に終わると思います。


 癌などというものは、持続した心の葛藤・緊張や鬱積した想念。それに飲食の誤り。これが根っこです。

 難病で受診される方から、精神的なものでこんな病気になるのですか? って、よく聞かれますけど、心の問題と身体の問題を分断して捉えるのは、西洋医学の方法論です。

 心と身体を切り離して、身体の異常だけを捉えて何とかしようとするから、東洋医学からみれば簡単な病でも、難病になってしまうのです。

 患者は、難病という診断=レッテルに対して大きな不安と絶望感に近いものを持っておられます。

 これがまた、治りにくくさせてしまうのです。

 心の状態は、顔の表情だけでなく身体の奥深くにまで影響します。

 心身一如

 今日も一日、気持ち良く生きましょう。

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posted by いおり at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康とは
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