2014年02月06日

今どきの風邪

 寒波再来、風邪は大流行ですね。
 このところの治療所で、気になる風邪引きのパターンをご紹介します。

 この時期の風邪は、元々陽気が不足気味の人が風邪を引くのが原則です。
 その中でも特に陽気の弱い方、節分までの異常な温かさの中で、動きすぎて発汗したりお風呂に入りすぎたりしたことが原因の方が何例かいらっしゃいます。
 汗=体液+陽気 という毎度の数式です。汗をかくということは、気を体外に放出するということです。

 春の気の動きの図です。
春上昇


 節分ころの温かさが、上下の温度差があまり無くって少しずつ気温が上がっていれば、そんなに問題は無かったのです。
 ところが節分までの自然界の陽気の影響を受けて、人体の中心にある陽気が体表に向かって、汗=体液+陽気という形で出てしまい、陽気不足となったところに寒波再来で寒邪に触れて発病しています。
 冬の気の動きの図です。
冬・蔵・鎮静
 気が弱ってしまい、毛穴が閉じることが出来ずに開きっぱなしになって気が漏れている状態の人や、身体の表面に寒邪が停滞して祓えない状態の人は、ゾクゾクとした悪寒や、ちょっとした風の動きでも寒く感じるようになります。 
 若い人でも、特に女性は下半身を冷やすような服装が気になります。
 さらに加えて、元々体を内から冷やすような、生野菜やビール、アイス、などの冷飲食を摂っていると、自分から風邪を招いているようなものです。
 風邪を引いてしまった方は、栄養をつけようとするよりも、温かい白粥などを食べて元気の基である胃腸に負担をかけず、温かくして休むのが最も回復が早いです。

 加えて、一旦風邪が治ったかのように思えても、入浴には注意が必要です。

 完全に回復したと感じるまでは、シャワーで洗髪するか、暖かい部屋で身体を拭く程度にしているのが賢明です。
 皆さま、くれぐれもご養生ください。
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2014年02月09日

甘味の害(1)

 前回のブログの中で、五味について触れましたが、今回は甘味について書きます。


 と言いますのは、日常診療していて、甘味の食べ物の害を最もよく目にするからです。


 甘い物の害について患者さんに説明する時に、よく勘違いされるのは、白砂糖はダメだけど、ミネラルが豊富な黒砂糖や蜂蜜だと良いのでは、というものです。


 このような捉え方は、現代栄養学に基づいた考えで、東洋医学では、ナンセンスなのです。


 東洋医学的には、過剰摂取すると、白砂糖よりもむしろ蜂蜜の方が害が大きいのです。

 先に言いますと、白砂糖よりも、蜂蜜の方が、気を停滞させる作用が大きいからです。


 漢方の丸薬などは、蜂蜜で練ることで薬を胃の中に長く留まらせ、じっくりと薬効を長持ちさせる目的で使われるのです。


 現代栄養学とは、まったく異なる概念で捉えます。


 ご説明致します。


 味は、気の流れる速度を落とし、停滞させる働きがあります。結果として、心の緊張や筋肉の緊張などを緩めます。


 漢方で甘味を中心に構成処方された薬剤はたくさんあります。


 代表的なものでは、

 心の緊張を緩める甘麦大棗湯:大棗6.0;甘草3.0;小麦20.0


 筋肉の緊張を緩める芍薬甘草湯:芍薬3-6;甘草3-6


 急激な痛みを緩める甘草湯:甘草6.0


 これらは、すべて甘味を中心に薬種構成されています。

 

 問題は、気の流れの速度が緩まった結果にあります。



 写真の白熱電球をご覧ください。


白熱電球.jpg



 電球の仕組みは、皆さまご存知のように、電球の中に電気の流れを遅くする『フィラメント=抵抗』があります。


 電気抵抗が少ない銅線を勢いよく流れてきた電流が、このフィラメント=抵抗』で渋滞を起こし、電流は熱に姿を変えて放出するので明るく光るのですよね。


 人体も同じ原理で現象が生じます。



 甘味というのは、このフィラメント=抵抗』に相当する働きをし、体内に熱を生じさせます。


 また気と一緒に巡っている、体液も一緒に停滞して熱を帯び、粘度が高まるので、心も身体もなんとなくすっきりしなくなり、雨天や梅雨などの湿気の高い気候になると抑鬱な気分になったり手足が重く感じたり、何にしても段々と億劫になります。


 このような状態では、普段ストレスに感じないことが、大きなストレスとして感じるようになり、周囲から見るとわがままであったり、怠け者のように見えることがあります。


 しかも最も怖いのは、なんとなく、次第に・・・といった感じで進行していくため、危機感を持ちにくいという点にあります。


 これは経過をよく観察しないと気がつきません。


 お子さんが小さければ小さいほど、よく観察するとはっきりと現れやすい。


 授乳期のお母さんが、甘味を好んで食べていると、赤ん坊の夜泣き、ぐずり、あせもなどがはっきりと現れます。お母さんも乳腺炎に罹りやすいです。

 

 お母さんが甘味を断つと、23日で赤ん坊の状態が良くなる事実は、何度も臨床で経験しています。


 このような事を診ないで治療しても、効は一時的です。当然のことです。


 ちなみに、日本の気候風土と日本人の体質などを考慮しない(原理的にできない)現代栄養学に基づいた離乳食などは、病気の子供を量産するようなものですよ。よくよくお考えください。


 話を元に戻します。



 一般的に身体の熱は呼気、汗、大小便、生理出血、感情の解放などによって、身体から排出されますが、正常なルートで排泄されない熱や、生理的な排泄能力を越えた熱は粘性の体液と共に、出口を探して様々な症状として現れます。


 身体的に代表的なものとしては、頭痛であったり口臭・体臭がきつい、眼ヤニ、化膿性の疾患、喘息、アトピーなどの皮膚症状、不正出血等々。


 精神的には、落ち着きがない、イライラ・興奮しやすい、不眠、漠然とした不安感といった、なんとなくといった状態から、躁鬱病、体液が痰のようになると、「見える聞こえる」と言った統合失調症などが現れます。


 甘味の過剰摂取だけが原因で、このようなことが起きる訳ではありません。


 しかし他に要因があったとしても、それをさらに悪化・深刻化を促しているしている存在として「甘味の過剰摂取」は、見逃すことのできない重要ポイントです。


 東洋医学の立場からは、チョコレートやクッキー・クリーム系の食品は有毒物質、はっきりと毒だとして観ます。


 栄養学的には、有益であると様々な事が言われていますが、生クリームがたくさん使われているチョコレートケーキを食べた翌日の排便の状態、朝起きた時の気分と身体の状態、集中力の状態などの、「こころ」と「からだ」の状態をよく観察してみてください。


 栄養学などのデジタル的なものと、アナログ的な自分自身の「こころ」と「からだ」感覚のどちらを信用されますでしょうか。


 この選択は他の物事にも通じる、あなたの人生をも左右する、重大なことです。


 を信用して、何に基づいて行動するのか。


 普段から、自分の「こころ」と「からだ」の感覚に向き合うことがとても、とても大切です。


 「いおり健康教室」では、この点を最も重視しています。


 かつて砂糖などの甘味のものは、大変高価で庶民が口に出来るものではありませんでした。


 ところが現代は、かつての王侯・貴族よりも贅沢なものを、しかも毎日口にしています。


 私たちが無病で健康に生きるためには、一体何が大切なのでしょうか。


 よくよくお考えが及びますように。


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posted by いおり at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 食べ物について

2014年02月10日

甘味の害(2)

 スウィーツのマイナスメッセージを書くと言うことは、大半の女性を敵にすることかもしれませんね。でも、書きます。

 ストレス状態になると、大方の男性はお酒、女性は甘い物を好むようになります。

 お酒の気味は、辛味なので発散に働き、性質が熱性なので気を走らせます。日本酒やリキュール類は焼酎に比べて辛に甘味が加わりますので、お酒が醒めるまでに時間がかかるのは、このような理由だと東洋医学では考えます。
 
 ちなみに、世間で悪魔のような扱いを受けているたばこは、辛味と苦味で、気を発散と下降と同時に行い、熱性なので気を走らせ乾かす作用があるのですね。
 ネイティブインデアンの聖なる儀式に用いられてるのが、なんとなく分かる気がします。

 さて本題の甘味なのですが、ゆっくり、緩める、停滞といった作用をイメージして下さい。

 前回の『甘味の害(1)』では、甘味は熱を生じやすく、体液の異常を来しやすいことを説明して参りました。

 むくみが出やすい、痰がからみやすい、梅雨や雨天時になんとなくだるい・ボーっとする・関節が痛むなどを自覚されておられる方は、甘い物を一度断って見て下さい。
 体液が正常に戻るまでには、多少時間がかかりますが必ず改善が見られます。

 人体の気の動きは、下図のように4方向しかありません。

気機.png

 内に向かう、外に向かう、上昇と下降の4つです。

 環境の変化によって、熱い時には赤の矢印の遠心性が優位になり、寒い時には青の矢印の求心性が優位となります。

 緊張や葛藤など、ストレスを抱えていると、この切り替えが上手く機能しなくなるのです。その結果、環境の変化に対応が出来ないので、体調を崩すことに繋がります。

 緊張・葛藤状態にあると、人体の気は、求心性と上昇性優位となります。すると熱が体内にこもってしまいます。ちょうど、冬季のイメージです。(下図)


四季図_冬.jpg

 熱の性質は、亢進、敏感、軟らかくする、腐敗、上昇性、発散、乾燥というイメージです。粘膜も皮膚も、外的なものに反応しやすくなります。

 反対に寒の性質は、鎮静、鈍感、堅くする、保存、下降、収斂、湿潤という性質があります。

 なんとなくで結構ですので、イメージで捉えてもらえると分かりやすいと思います。

 東洋医学では、あらゆる疾患が表現する細かで数多くの兆候から、単純な寒熱の概念ですべてを捉えます。そしてその矛盾点を探して治療介入します。

 よくある女性の冷え症を例にしてみましょう。

 手足が冷えて就寝時に靴下を重ねても冷たくて眠れない。それなのに暖房の部屋に入ると一気に顔や手が火照るとおっしゃる女性、結構多いです。

 色々とお聞きすると、冷えると言うのにも関わらず便は下痢するよりもむしろ堅く、甘い物を好む他、身体を冷やす果物やアイスなどを好む。

 身体に触れますと、確かにお臍の周囲や下腹部も冷たいのですが、手の脈はむしろ力強く拍ち、舌の色も淡白ではなしに、むしろ赤い。

 矛盾点は、手足が冷えるにも関わらず、体内は冷たい飲食物でむしろ、冷やしたいという点にあることが分かりますね。
しかも脈は力強く拍ってるし舌も赤い。
 
 身体の状態を図に示すとこのようになります。

内熱外寒.png


 この様な状態になる原因は、心理的に葛藤や緊張を抱えておられる方に圧倒的に多いのです。しかも、自分の心の葛藤や緊張に気づいていない人もまた、数多くいらっしゃいます。

 このような状態が極まりますと、出血しやすくなりますし、生理出血も多くなる傾向になります。
 この様な状態に、ホルモン剤などで出血を押さえこんでしまうと、身体という本来自然な働きが狂ってしまい、何らかの形に姿=症状を変えて、いずれ現れます。

 意識と無意識、そして身体とは連続している=一体のものであるので、一鍼を用いて籠った陽気を解放することで、感情が出て来る方も中にはいらっしゃいます。

 さて、このような状態にスウィーツをたくさん食べると、どのようなことになるか、もうお分かりですよね。

 かつてお酒を好む人は、塩気を好んで甘いのを避ける傾向にありましたが、今はお酒と甘い物を一緒に召しあがる方が多くなってきているように思います。

 その害たるや、添加物や残留農薬の比ではないのだと言うことに、思いを致して頂ければと願っております。

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2014年02月11日

酒の害(1)

 これまで、甘味の害について延々と書いてきましたが、愛飲家の僕が、酒の害について書かないのは片手落ちのような気がしましたので、自戒も含めてつらつらと書きます。

 酒は百薬の長と言われますが、漢方薬といえども基本は毒ですから、百薬の長は、百毒の長とも言えるのであります、残念ながら。

 下図は陰陽・寒熱スケールです。


寒熱スケール.png

 私たちが一般に食物として毎日食べているのは、スケールの中央の『寒熱平』付近に分布する食品です。

 両端に行けば行くほど、毒な訳です。

 極端な例を挙げますと、トリカブトの根は、附子(附子)と称して極熱です。陽気が衰えて手足が冷たくなって、今まさに死なんとする場合に用います。

 一般の我々が服用すると、身体の気が走り過ぎて渋滞を起こし、手足がしびれて死亡します。

 急性アルコール中毒も、同じことが起きているんです。

 通常、そこまでお酒を飲む方は、さすがにいらっしゃらないですよね。

 お酒は、その性質として気を巡らせるのですから、上手く用いれば確かに百薬の長になります。

 ところが、薬になるような飲み方をされてる人は、ほとんどいません。どちらかというと、飲み過ぎるきらいがあります。

 お酒は、基本的に熱ですから、酔っている時には興奮か緩みになります。興奮すると喧騒、緩みは眠くなるのですが、酔いが醒めてもしばらく熱は残ります。

 我々は、舌診と言って舌の色を窺うのですが、舌の色に如実に現れます。この熱が抜けきらないうちにさらに飲酒を重ねると、精血が傷害されるようになります。

 ちなみに、市販の薬用酒は、飲食が乏しい時代ならいざ知らず、飽食の現代においては、薬どころか毒にしかならないですよ。(普段、全くお酒を飲まない方で、体質的に虚寒タイプは別として)

 おなじみのロウと炎の写真です。

精神.png

 熱で炎が大きくなると、ロウの部分が早く消耗します。

 精血が消耗されると、どのような現象が起きるかといいますと、目がショボショボとしてかすむようになってきます。コンタクトレンズを使用している方は、異物感が大きくなります。

 さらに髪の毛に艶がなくなり、爪が薄くなったり縦筋がたくさん生じるようになります。さらに根気が低下し集中力・記憶力も次第に衰えてきます。

 一方では、身体が熱に傾くので、顔は赤く焼け、熱が深まると赤黒くなってきます。精神的にもイライラしやすく、突然キレたり興奮しやすくなり、眠りも浅くなります。

 熱の性質は、亢進なので、言って見れば、老化が進むと言うことです。

 甘い物も、お酒も、それ自体が悪い訳ではないのですね。

 有益なものにするか、それとも毒にするか。

 その人の、心がけ次第ですね。

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2014年02月13日

病を見る視点

 今日、難病指定疾患の方が完治された。
 あらかじめお断りしておきますが、病名を挙げて、鍼灸でこんなことが出来るのだと言いたいのではありません。

 僕が伝えたいことは、病気には必ず背景があると言うこと。症状を治めることも大事ですが、症状にばかりに捕らわれないことです。
 そして何故難病になってしまうのかを知ってもらいたい、そして問題解決の糸口を見つける切掛けにして欲しいということです。

 患者さんのプライバシーに配慮して、西洋医学的な疾患名および本人と特定できるような内容は一切記していません。

 患者さんから感謝の手紙やメールは、今までに何通も頂戴していますが、敢えて僕個人に宛てて送って下さった気持ちを慮ると、そういったものに対して患者さんにお願いして公開するという感性は、あいにく僕にはありません。ですので、この話の虚実は読者の方々にお任せ致します。

 西洋医学的には難病でも、東洋医学の目からは、意外と簡単に出口が見つかることは少なくありません。もちろん、東洋医学的にも難しい疾患はありますが。

 患者は昨年の春、大学病院で難病指定の疾患であることを告げられた。
 出口の無い辛い対症療法の中、かつて当院に通院していた母親が、ワラをも掴む気持ちで子供さんを連れて来られたのは、約一年前のことでした。

 病院での投薬を続けながら当院へ通い、順調な経過をたどっていたが、それでも症状の起伏はあった。

 症状の起伏は、起伏を起こしている背景を探り原因をつきとめて、本人や家族に自覚を促す絶好のチャンスになることが多い。

 特に悪化した場合、とかく症状にばかりに目が囚われて不安が募るのだが、普段と異なった環境の変化や出来ごと、それに伴う本人の心理的変化と症状を自覚するチャンスでもあるからだ。

 たとえば、こんなことがあった。ある特定のものを少し口にしただけで、症状が起きていた。それがある日を境に、友達と外食した時は、同じ物を食べても、不思議と症状が起きない。だれと、どこで、どんな気持ちで食べているのかが如実に表れていたのだ。

 経過の中で、決定的な出来事は、止まらない下痢が主症状であるにも関わらず、排便に苦しみ肛門が出血するような便秘症状が現れた時に、大学病院で処方された薬が下剤であったことである。

下痢が止まらない疾患に対して、如何に便秘とはいえ下剤?

 不審に感じた母親は、大学病院受診後のその足で子供さんを伴って来院。

 連れられて来た本人の身体を診ると、明らかに情動の抑鬱があった。

 背景が見えているので、本人と母親を交えて起きている症状と身の回りに起きたこととの関連性を説明し、それに対してどのような鍼治療を施したかを説明。

 下剤を飲むと一気に生気が抜けて悪化するので服用しないように。さらに明日には、よくなることを伝えてその日は終了。
 はたして翌日、母親からあれだけ困難だった排便が正常に復したと連絡があった。この時に、まもなく出口が見つかることを母親に伝えた。下痢から便秘に変化したことで、生気の弱りが回復していると判断したからだ。

 学校での出来事。その時本人はどのように感じて、どのように思ったか。それがそのまま身体に現れているにすぎなかった。誰にでも普通にあることだ。

 母親が、それらのことをよく理解してくれたことが、一番の解決の近道でもあり、力でもあった。
 そして本人も、通院を重ねるうち、本当に深く信頼のまなざしを向けてくれるようになっていた。治療者の僕も、本当に心強かった。

凍てついても笑顔の山茶花。.jpg

 現代医学は、すぐれたところがたくさんあることも事実です。しかし身体を細胞レベル、免疫レベルで詳細に調べるが、その人を取り巻く環境によってその人がどのように感じ、どのような気持ちになるのか、そして直接身体に触れて伝わってくるものを見る目が無いから難しくなるんです。こういったことは、検査や数字には出来ないのです。

 人間を一切の関係性から切り取って、さらに細かく異常を見つけて行き、数字で判断される。患者も家族も、その世界に引き込まれてしまう。

 病は、人間が生きている現実の中で、何を感じ、何を思い、何を食べ、どんな人とかかわって、どんな家族があって・・・そのような関係性の中で生じて来るものだ。

 病の解決は、顕微鏡下ではなく、生きている人間理解の中にこそあるんです。

 起きている本当の理由をそのままにして、病の背景を診ずして、現象だけを抑えようとするから難病になってしまうのだ。

 この点を、ぜひ皆さまご理解下さい。

 これは癌であろうがリュウマチであろうが同じです。喘息などで、出口の無い長期のステロイド投与しか手段が無かったのが、一見病気とは無関係に見える生活上の問題を解決したことで治ってしまうことは、数えきれないくらい経験しています。

 このお母様には、子供さんの症状の起伏の背景をその都度お話してきたので、次第に理解をして下さっていたのですが、問題は廃薬の時期。

 昨年末に、子供さんの身体の状況と、取り巻く環境とを考慮して、廃薬の時期は年明けと僕が予測していることを告げていました。

 お身内からは、こんな難病がそんな心理的なもので発病するはずがない、廃薬は危険だ。

 大学病院では、投薬を中断して再度症状が現れた場合、今までの新薬が効かなくなることが多い・・・等々。

 散々脅され、揺さぶられて、本人と母親がとった選択は、大学病院の治療を中断することでした。

 治療者の僕も、腹をくくりました。 廃薬後2カ月を経過したのち、症状は完全に治まり再発の恐れもないと判断して昨日、治癒を告げました。

 何度も繰り返します。

 起きる現象には、必ず原因があります。病気も同じです。その目を、どこに向けるかなのです。

 人の身体を木に例えるのならば、1本の木は詳しく見るが、森や山全体との関係を見るような視点が無いから、難病になってしまうのです。

 そのようなことに目を向けず、病気となっている現象だけを、治めようとするから、難病になってしまうのです。

 このようにして、出口の無い不安と苦痛を伴った治療が延々と行われるのです。


  発病の時期に、人生上の大きな出来事は無かったかどうか。

  生活そのものが、大きく変わるような出来事が無かったかどうか。

  自分を取り巻く人と人との関係性に変化が無かったかどうか。

  自分の信念が変わったり、大きく情動が揺さぶられるようなことが無かったかどうか。

  問題解決の糸口は、このようなところにあることが多いのです。

  お困りになられておられる方々に、よい切っ掛けになりますように。

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2014年02月18日

何を信じて生きますか

 先日の難病完治の、後日談です。

 僕には根拠があって、難病指定の疾患の完治を告げたのですが、現代医学的には根拠がない。

 それでも、完治と判断しました。その時の母親とのやり取りです。

 母親:「先生、大学病院では引き続き経過観察のため、受診して下さいと言われているのですが、どうすればいいでしょう。」

 僕:「お母さん、あなたは何を見て子供の様子を判断しますか?」

 母親:「はい、今まで散々数字に囚われてきましたが、子供のご飯の食べ方、機嫌や振る舞いを大切にしたいと思います。」

 僕:「そう思われるのでしたら、今まで検査結果の数字を見てきて、お母さんの心の状態とお子さんの体調はどうでしたか?」

 母親:「やっぱり定期検査は受けないで、このまま、親の目で子供の様子を見ることにします。」

 皆さま、よ〜く分かって下さい。

 何を信じて生きるのか。

 自分の身体で、心で実感したもの。

 これですよっ!

 検査はね、人の心を病気に向けるんです。

 人は、心の向いた方向に行くんです。

 病気の原因が免疫? 

 そんな手の届かないところにあると思うから、不安になるし、医療の奴隷になるんですよ。

 病気はね、みなさんの毎日の心の状態や食べ物などの過ごし方にあるんですよ。

 みなさん、不幸にも病気になってしまったら、逆にチャンスと思って、よ〜くご自身の心の状態と飲食など生活を振り返って下さい。

 たくさんの幸せの種が、埋まってますよ。

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2014年02月22日

五行論は妄説?(1)

 僕の場合、東洋医学の入り口は『黄帝内経』だったのですが、この書物の背景となる思想背景のひとつに、陰陽五行学説がある。

 実は初学の頃からずっと抱いてきた疑問のひとつに、五行学説への不信感があった。

 ここ数年、やっとその疑問が解けてきたので、開示したいと思います。

 そもそも陰陽五行論は、一緒に述べられているが、元は陰陽論と五行論は別々のものであったようだ。

 それが、中国の春秋戦国時代(紀元前770〜400年)に結び付けられ、前漢(紀元前紀元前206年 - 8年)頃に著された『黄帝内経』では、陰陽五行論として理論運用されている。

 実際の臨床において、陰陽論は必須の無くてはならないものとの認識は実感するものの、五行論に至っては誤りであるとの結論に達した。

 ところが、五行論を全部否定してしまうと、『黄帝内経』の世界観そのものが危うくなってしまうという問題点が生じて来る。

 つじつまの合うところはこれを取り上げ、つじつまの合わないところはこれを捨てるという考え方がある。

 ではその判断の基準をどこに置けば良いのか。さらにこのような考え方では、何にでも勝手な理由づけに用いられる危険性もある。要は、こじつけし放題になると言うことである。

 拠り所とするには頼りない、全否定すれば東洋医学が成り立たない。ちょっとしたジレンマですね。

 おそらく、『黄帝内経』を現わした複数の歴代の著者は、五行論を用いて表現し、伝えたかった意図は他に在るのではないかと想像している。

 そして自分なりに達した結論は、五行論は五種類の性質に分かれた『フォルダー』であると考えれば、矛盾なく有用的に運用できるが、それ以外の、相生・相剋関係は、すべてこれを誤りとする考えである。

 次回からは、五行論の源流を視てみたい。

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2014年02月23日

五行論は妄説?(2)

 まず、五行論の源を訪ねてみます。

 五行は、四書五経の内の書経(しょきょう)、またの名を尚書(しょうしょ)の中の洪範に初めて見ることができる。

 そこに記されているのは、水→火→木→金→土という順序で一般的に知られている木→火→土→金→水とは異なる。

 当初は、何のことか分かりませんでした。この辺りから、五行論に対してな〜んとなく不信感を感じるようになっていたんです。

 僕は考証学者ではないので、以後の展開の正確さと根拠の裏付けは曖昧ですが、いずれどなたかがされると思います。(もうすでにされてるかも知れませんが・・・)

 書経に記されている、水→火→木→金→土は、混沌とした世の治世を目的として説かれたもので、無形から有形へ。形の無い物から形がしっかりとして、大なるものへの順序として説かれたものである。

 水の形はイメージしにくくても、火の形→木の形→金の形→土の形って次第にイメージしやすくなりますよね。体内に宿った命が赤ん坊として生まれて来るプロセスをイメージしてもらうと分かりやすいかと思います。

 それが後世、易学の先天八卦と後天八卦の考えと、関連付けて考えられるようになったのであろうと思う。

 つまり、水→火→木→金→土は先天であり宇宙創生・人間誕生。形而上学。

 そして一旦形が出来上がったら、木→火→土→金→水で成・長・化・収・蔵と変化していくと、後天八卦の考えと結びついたのだろと考えています。形而下学。

 この木→火→土→金→水は、後の時代に論理的展開の必要性に応じて作りだされたものであることは、間違いないでしょう。

 今伝えられている木性・火性・土性・金性・水性は、この先天の性質と後天の性質が混同されているのではないかと考えています。

 また相生関係、つまり木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じるなどの説は、もっともらしいのですがこれに拘泥してしまうと弊害があると思います。

 もう少し分かりやすく説明すると、木が燃えて火生じ、火が燃えると灰を生じて土となり、土の中から金属が生じ、金属は水滴を生じ、また金属のあるところは水が多く、水は木を養う・・・という循環を説いているのだけれど、どうでしょう?

 下図の通りです。
相生関係.jpg

 この点については、東洋大学創設者、僧侶でもあり東洋哲学の大家、井上 円了(1858〜1919年)の著した『妖講純正哲学五十九頁』から、読みにくいですがちょっと引用させて頂くことにする。

『五行とは木火土金水にして、その名目は書経の洪範に出ずるとも、これを諸事諸物に配合して、吉凶禍福を判定するに至りたるは、漢以後の事なるべし。』
       ― 中 略 ―
 『その相生の説明を見るに、火生土の下に、火にて物を焼けば、皆灰となりて土に帰す。これ火より土を生ずる理なりとあれども更にその意を得ず。

 例えばここに枯葉ありとするに、これを火に投ずれば灰となり、灰は土となるを以て、火より土を生ずると言わんか。

 然るに枯葉は火に投ぜざるも、そのまま土に埋めて、よく土に化するを得べし、且つ火はたとい枯葉を灰にする力ありとするも、唯変化の媒介をなすのみにして、決して土を生ずる力を有するにあらず。

 或いは火は水を温めて、能くこれを蒸気に変することを得るも、決してこれを土に変する能わず。或いは又火は金を爍(と)かすことを得るも、金はやはり金にして、火の為に土となるにあらず。果たして然らば火生土の理未だ知るべからず。』

 とまあ、口を極めて五行は迷信であると主張されてる訳ですが、これもまた僕としては迷信としてバッサリ切り捨てることが出来ないのです。

 五行論は、それをどのように扱うのか。そこが最も重要なところだと思います。

 次回、相剋関係を説明致します。

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2014年02月27日

五行論は妄説?(3)

  今回は、相剋関係を説明致します。

 相克関係は、簡単に述べると、下図のように相互に制約する関係です。

相剋関係.jpg

 木は土を尅し、土は水を尅し、水は火を尅し、火は金を尅す。

 これをイメージにつなげると、木は土から養分を取り上げ、土は水をせき止め、水は火を消し、火は金を熔かし、金は木を切る。

 と、まあこんな感じです。以前、講座の参加者から、何故『金は木を切る』といきなり道具が出てくるのは何故かと、鋭い質問があって、答えられなかったことがあります。

 おそらく、五行のバランス・均衡を考えるとそうならざるを得なかったのでしょう。

 千変万化する自然界、人間の状態を、この相生・相克関係の法則だけで説明しようとすること、そのものに無理があると僕は考えます。

 鍼灸医学の古典に、『難経(なんぎょう)』という素晴らしい著書があるのですが、この六十九難に、『虚する者は其の母を補い、実する者は其の子を瀉す』という記載があります。

 どういうことかと言うと(上図を参照してください)、たとえば『木』を中心に考えると木を育てる「水」が母となり、木から生じる「火」が子になるので、相生関係は、母子関係でもあるのです。

 そして『虚』というのは不足した状態。『実』と言うのは過剰になった状態を指します。

 そして六十九難に随って治療すると、『木』が不足すると母である「水」を補い、『木』が過剰であるなら『火』を弱くするようにしなさいと言ってる訳です。

 この記載を軸に治療をしておられる流派もありますが、僕は六十九難で何故このような法則を出してきたかの根拠がどうしても見出せず、今もその問題は解けていません。

 当然、治療に際して六十九難の説は取り入れていません。法則として、それに見合う結果が得られなかったからです。

 黄帝内経の中でも、五行の相生・相剋関係で説かれているところが幾多ありますが、無理があるところが目につく人は、僕だけじゃないと思います。

 ところが五行と五臓を全否定してしまうと東洋医学は成り立たなくなってしまう。

 そこで五行と五臓がどのような目的で、どのように結びついていったのかを想像してみたいと思います。

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